神の教を忘れてよその、小道まような枝道に | 心の鏡

心の鏡

天の霊妙不可思議な法則、神道について書いているブログ。心の鏡とは内在神を表し、神社のおみくじの神の教に「神様の御光が我が心の鏡に映るその時、凡ての心の曇り、心の闇は晴れゆきて、広き明き御恵みを授かる事が叶う」とあったところから命名しました。

 

神の教を忘れてよその、小道まような枝道に

自分可愛さに身贔屓身勝手な事ばかりを考えて、

我が儘に振る舞えば、

何時しか神様の御心から遠ざかり、

竟(つい)には神様から離れ不幸を招く元となる。

常に思いやりの心深く、

人を慈しみ社会に尽くし、

地上に平和の高天原(たかまがはら)を現すべく、

世界作り固めの御役目大事と日々努める事が、

誠の神の教である。

(神社のおみくじ神の教より)

 

 

  私なりの解釈

最初におみくじの紙を広げ出した時は、ギクッ!として、『よその宗教関係の展覧会行ってきたことにお叱りか?』と思いましたが、家に帰ってよくよく読めば、そういう事じゃない。

それにしても「竟」と書いて「つい」と読むのは知らなかった。

調べたら、これって漢字検定1級レベルだそうだ。

 

神道は、死後の来世に希望と救いを夢見るのでなく、

生きている今、この世をより良くし幸福になる為に、みんなで思いやりや慈しみの心をもって社会に尽くし、平和な世界を作るように努力しようという方向性なんですね。