12月13日、年神様を迎える準備を始める日を正月事始めと言いますが、これは江戸幕府が仕事納めの日だったからだそうで、その時に神棚なども掃除したのが始まりだと言う説も聞いた事があります。それで社寺も「すす払い」を12月13日にしたとか。
現代のご家庭でも、大掃除をして正月飾りや鏡餅など準備している方も多いかもしれませんね。
私は10年前の師走は癌の手術後間もなかったので、病院の看護師の方からも「大掃除なんかしないでくださいね」と言われていたし、実際、体調が回復途中で疲れやすく寒かったこともあり、やりませんでしたが、体調が悪い人は無理しないほうがいいと思います。
それに年神様は貧しく粗末な家の土間に寝ていかれ大金を置いて行ったという伝承もありますから、大掃除せずとも、正月飾りは無くとも、よき心があればご加護があると私は考えます。
年神様
昔々、大晦日の晩に、ある家に貧しい身なりの者が一夜の宿を求めてやって来た。
そこで、その家の人は貧しいながらも招き入れて土間にむしろを敷いて寝かせてあげた。
すると翌朝、大金がむしろの上に残され、客人はいなくなっていた。
そのおかげでこの家は裕福になったという。
この話を聞いた人々は「年神様がやってきたのだ」と話し、毎年大晦日には年神様を祀るようになったのだという。
年神様の出自・名前あれこれ
大年神(おおとしがみ)の神名の「とし」は稲や実りを意味する古語で
『古事記』では大年神は素戔嗚尊(すさのおのみこと)と神大市比売(かむおおいちひめ)の御子で、兄弟にはお稲荷さんの御祭神で稲の神・宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)がいて、大年神の御子で御年神と共に穀物神とされている。
この大年神は、民間信仰における年神と同一、あるいは近い神とされ、年神とは大年(大晦日)に訪れる客人神(まろうどがみ)のことと考えられる。
年神様は初日の出とともにやってくる
今のお正月準備は、こちらの「年神様(歳徳神)をお迎えする為にする」と言う理由がよく言われていますね。
年神様は、初日の出とともにやってくるため、寝ないで年神様を待つ年籠(としごも)りが行われた。
正月飾りなどもこの年神様を迎える信仰から生まれたものだ。
門松は年神様の依り代となるもので、年神様の来訪される目印とされる。
松は一年を通して落葉しない、竹は成長が早く生命力が強い、梅は新春に開花するので縁起が良いと用いられた。
注連飾りは俗界と聖域を分ける意味。年神様を迎える目印、疫病除けの意味もある。
鏡餅は穀物神である年神様へのお供え物。
松の内を過ぎると鏡開きをして鏡餅を食べるが、これは「神人共食」の信仰が元になっている。
年齢の「年」も誕生日ではなく新年を迎えて重ねていた
元日は、かつて日本人にとって特別な日で、年齢(数え年)は誕生日ではなく、新年を迎えるごとに重ねる風習があった。
年神様を迎える事で、また生命に新たな力を得ると考える「死と再生」の考え方が基盤にあったのである。
【参考書籍】
日本の神様 起源と物語 監修:小松和彦より
と言う訳で、年神様(歳徳神)は貧しくとも心清らかなやさしい人に大金を置いて行ってくれる神様で、けっして姑根性丸出しで「あら、ここ大掃除してないわよ。」だの「家に何にも飾ってない、鏡餅もお供えしてくれないと行ってあげない」などとケチで心の狭い事はないというのが、
#だれかに教えたいこと