教派神道【4】
天理教
教祖は中山みき(1796~1887年)
突然、神憑りを経験し、宗教者としての道を歩むようになった。
初め神道本局に所属し、一派独立は十三派の中で最も遅く明治41年(1908年)であった。
教主は真柱(しんばしら)と称し、みきの孫の中山眞之亮(しんのすけ)が初代真柱となり、以降、代々襲職している。
今日では、天理教は神道の一派ではなく諸教に分類され、創唱宗教であることを強調している。
以前は高校野球で天理教校学園高等学校が活躍していたなぁと思いだし、
初代真柱の名を書く時に、『そう言えば鬼滅の刃の柱に真柱はいなかったわね~』とか、最近映画の宣伝でクレヨンしんちゃん=しんのすけをよく見かけるので、その顔が思い浮かんだりしてました。
天理教の高校は2023年3月末日で閉校したようです。
天理教教会って、うちの近くでも見かけた事がありますが、昭和時代からの瓦葺平屋戸建ての家の入口に看板が掲げてありました。
本部は奈良県。
禊教
教祖は井上正鉄(いのうえ まさかね/1790~1849年)
武士の子として生まれたが、44歳の時、神夢を見て自分の宗教的使命を悟り、白川家に入門。
やがて武蔵国梅田神明宮神主となる。
しかし、教化活動に関して幕府から嫌疑をかけられ、三宅島に流され、没した。
教祖の死後、教団は大きく二つに分かれ、今日の禊教は坂田鉄安(さかた かねやす)らの運動を源流とする。
明治27年(1894年)に神道本局から独立。
こちらの教団はこれまで聞いたことがありませんでしたが、調べると公式サイトがあって、神道禊教と云う名になっていました。
御祭神は造化三神と天照大御神・伊邪那岐神・大国主神・須佐之男神・祓戸大神・産土大神そして教祖殿の井上神社。祖霊殿。
本部所在地は東京都東日本橋のようです。
素食少食の教えがあるので、大食いタレントの人には厳しいかと。
金光教
教祖は赤沢文治(1814~1883年)
農民であった文治は安政年間に宗教活動を始め、やがて取次という独特な形式による布教方法を始めた。
弟子たちには出社(でやしろ)と呼ばれた。
初め神道本局に所属し、明治33年(1900年)に一派独立。
御祭神は天地金乃神とか、記紀に登場する神様じゃなくて独特の神様みたいです。
本部は岡山県のようです。