神社やお寺にお参りして、商売繁盛、良縁、合格、就職、健康長寿、厄除け、開運、火防、疫病除けなど、何かをお願いする人は多いと思います。
以前、当ブログでも本来のご利益(ごりやく)について書きましたが、
元々仏教の思想で、その内容は、商売繁盛などの利益(りえき)を得るのではなく、善行の積み重ねの結果、尊い功徳が備わったり、諸仏に褒められたり、死後の世界で浄土に迎えられることを知り心が喜びに満たされるといったような、
仏様が人々を仏法に導いて煩悩による苦しみから救う事や仏様の慈悲によって死後浄土に迎えてもらう事を言いました。
人々は神仏習合していた時代から、身近な願い(現世利益)もかけましたから、(と言うより、仏教伝来のもっと前から自然崇拝で天災を恐れ、順調に豊作となるよう雨ごいしたり逆に長すぎる雨が止むよう祈っていたのですから、日本人は元々、生活に直結した現世の身近な願いを神に祈っていたとも考えられます)
神様に祈願をして得たお恵みのことも「ご利益」と呼ばれてきました。
今でも神様からのお恵みもご利益と言いますよね。
しかし、神様の事に仏教語を使うのはふさわしくないという意見もあり、代わりに「御神徳(ごしんとく)」と言われるようにもなってきました。
御神徳も古い言葉で平安後期の歴史物語『栄華物語』にも使われているそうです。
よく「どこそこの神社又はお寺では、自分の願いをかけてはいけない、そこでは国家的な志だけにして」とか、
「お参りしても欲を出さず神仏に感謝だけして」、
「神仏の前では自分で今後何を成したいかの宣言と後押しのお願いにすべき」
「自分の努力なしの丸投げはいかがなものか」…などと
様々なお参りの心得・注意点みたいなことが言われて混乱していますが、お寺のご利益と神社のご神徳をよく知る事で、明らかにしていきたいと思います。
ご利益は仏や信者が行動を起こす事によって生じる霊的な力。
動かなければご利益は生じません。
御神徳は神様が元々備えられている「徳」のことで、
人が祈願する・しないに関わらず神様の力は発揮されているのですが、御成敗式目にもあるように崇敬されることによって、
神の霊威は増し、人はお恵みを頂けると信じられているんですね。
参考書籍