伊勢神宮《5》神宮大麻暦頒布始祭 | 心の鏡

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天の霊妙不可思議な法則、神道について書いているブログ。心の鏡とは内在神を表し、神社のおみくじの神の教に「神様の御光が我が心の鏡に映るその時、凡ての心の曇り、心の闇は晴れゆきて、広き明き御恵みを授かる事が叶う」とあったところから命名しました。

 

神宮大麻暦頒布始祭

もうじき9月17日に神宮大麻暦頒布始祭(じんぐうたいまれきはんぷはじめさい)が斎行されるので明治時代以降の御師や家庭の神棚を書くのにちょうど良い時期になりました。

今日は神社に行った時『ご自由にお取りください』と置いてあった

神宮大麻のパンフレットと伊勢神宮のチラシから引用させて頂き、ご紹介いたします。

 

神社まず神宮大麻(じんぐうたいま)とは?

それは家庭で皇大神宮のご神徳を仰ぎ拝礼する為の御神札(おふだ)のことです。

 

神宮大麻の「大麻」とは、本来「おおぬさ」と読み、

神々への捧げもの、お祓いの際に用いられる木綿(ゆう)や麻を指します。

このことから厳重なお祓いを受けて授けられる御神札を「大麻」と呼ぶようになりました。

 

【歴史】

 御師が平安時代の終わりごろから神宮と各地の人々の間を取り持ってきた事は、

前回書き記しましたが、

この御師が参宮者の為に配布した「御祓大麻(おはらいたいま)」が、

今もなお毎年全国の神社を通じ頒布され家庭の神棚にお祀りする

伊勢の御神札の起源と言われています。

この御祓大麻は伊勢に行けない遠方の人々の手にも「暦(こよみ)」や伊勢土産と一緒に届けられました。

 

御祓大麻は江戸時代の安永6年(1777年)の記録では、

外宮の御師だけで400万軒以上の家々に配られていたとあり、

内宮の御師の配札を含めると、

当時の全戸数の約9割が神宮の御神札をお祀りしていたと推定されます。

 

年の内に 春は来にけり 伊勢大夫(いせたゆう)

 

という川柳から、年末に大麻と伊勢暦(いせごよみ)を届ける御師=伊勢大夫の来訪を心待ちにする庶民の気持ちがしのばれます。

 

明治時代になり、日本が近代国家への道を歩むにあたり御師制度は廃止され、

御祓大麻の配布も停止されましたが、

人々から「大神宮様の御神札」を待ち望む声が沸き起こりました。

こうした声を受けて明治5年4月1日、新たに「神宮大麻」を神宮司庁が奉製し、

明治天皇の思し召しにより全国の家庭に頒布されることになったそうです。

 

神宮司庁は明治4年創設 伊勢神宮の事務を行う所。

明治29年には内務省管轄の国の機関となり、

神宮大麻も当初は府県庁を通じて頒布されましたが、

大正時代までは神宮崇敬の団体、

昭和時代に入ると道府県の神職会を通じ、

各地域では氏神神社を中心に、神職や関係者の手を経て各家庭に届けられました。

 

戦後は、神社本庁が神宮司庁より委託を受け、都道府県神社庁及び支部を経由して

全国の神社を通じて頒布しています。

 

神宮大麻には皇室のご繁栄、日本全体の発展と国民の幸福の祈りが込められていますので、

各家庭ひとしくこれをお祀りして感謝を捧げるように頒布されているのです。

国民が心を一つに神宮大麻を通して神の恵みと祖先の恩とに感謝を捧げることによって、

日本の麗しい国柄と崇高な国民道徳が発展していくのです。

 

【神宮大麻の奉製】

神宮大麻は、様々な祭典を経て、神宮司庁頒布部の神宮大麻奉製専門の方々が

毎朝潔斎の上、白衣に着替えて御正宮を遥拝し、それから1体1体心を込めておつくりしています。

 

1月上旬 大麻暦奉製始祭

神宮大麻及び暦の奉製が過ち無く清浄につくられるよう祝詞が奏上され、その年最初に奉製される神宮大麻に捺印されます。

 

4月中旬 大麻用材伐始祭

大麻の中心となるを用材を伐(き)り出すにあたり、内宮宮域林の祭場で斎行されます

 

大麻修祓式

奉製された神宮大麻は月に数度、頒布部の祭場で丁重にお祓いされます。

 

【神宮大麻の頒布】

9月17日 神宮大麻暦頒布始祭

神宮大麻及び暦が多くの家庭に無事に届けられるよう、内宮神楽殿で斎行されます。

神社本庁の役員をはじめ、全国の神社庁長などが参列し、

翌年の為の大麻と暦が神宮大宮司より神社本庁統理に授けられ、続いて各神社庁長に伝えられます。

 

このあと、各神社庁や支部でも頒布始奉告祭が執り行われ、大麻と暦は各家庭に届けられて新しい年を迎える事となります。

近年は神社の授与所で授与するケースも多くなりました。

 

という訳で、伊勢神宮テーマの記事は一旦これまでとさせていただきます。

ここまで読んで下さってありがとうございました。ニコニコ