塩土老翁(しおつつのおじ)は、海辺でうなだれている彦火火出見尊を見て
「どうしてこんなところで悩んでおられるのか?」とお尋ねになりました。
そして彦火火出見尊が、その訳を話すと、老翁は、
「ご心配になる事はありません。私があなたの為に取り計らいましょう。」と申して
無目籠(まなしかたま)という舟を造り、彦火火出見尊をその中に入れて海に沈めました。
すると、自然と美しい小浜に着きました。
そこで籠を棄てて歩いていくと、すぐに海神(わたつみ)の宮に行きつかれました。
その海神の宮は垣根が立派に整っていて御殿は光輝いていました。
門の前には一つの井戸があり、井戸のそばに清浄な桂の木があって枝葉が良く繁っていました。
彦火火出見尊は、その木の下に行って佇んでおられると、やがて一人の美女が扉を開けて出てきました。
そしてお椀で水を汲もうとして、ふと仰ぎ見ると彦火火出見尊の姿があったので驚いて戻り、その父母に
「一人の珍しい客人がいらっしゃいます。門前の木の下にいらっしゃいます。」と申しました。
そこで海神(わたつみ)は、幾重にも畳を敷いて招き入れ、彦火火出見尊が座につかれると、その来訪の理由をお尋ねしました。
彦火火出見尊は、その事情を詳しく答えられたので、海神が大小の魚を集めて問いただすと、みな「知りません。ただ、赤女(あかめ=鯛の名)が近ごろ、口の病があって来ていません。」と申しました。
そこで赤女を呼んでその口を探すと、失った釣り針が見つかりました。
そうして彦火火出見尊は、海神の娘の豊玉姫を娶り、海宮(わたつみのみや)に留まり住んで三年が経ちました。
(つづく)
この海神の宮の井戸のところで出会う場面を描いた絵画作品としては、下に載せた本の表紙になっている青木繁の絵が有名ですね。
※無目籠について具体的な形は不明ですが「かたま」が「かご」を表すそうで、私が思うにそれを海に沈めたのだから簡易な使い捨て個人用潜水艇みたいなイメージを持っています。