2019.0802【独り言】


知ってるかぃ?
反動をつけると起き上がれたりするけれど、必ずその反動がやってくるのさ。
体操をする時も反動を使わず、その箇所の筋肉をしっかり感じて、出来るとこまでじっくり動かす。
そして、ゆっくり戻す。
それと、人生の出来事も同じ。
上げたら、下がる。
その時ってなんか楽しかったりするのだから
悪くは無い。
だけど、その逆の反動が来たときがまたデカイ💧
これの本質は「期待」というものなのだな。
続くものだと、ある意味勘違いをしてるのかもしれない。
しかし、上げたものは必ず下がる。
上り坂と下り坂みたいなもん。セット(笑)
魂という自分の根源部分がぞわっとした時、勝手に淚出てたり、身体が熱くなったりする。
そんな時は「きゃー」とか言って騒ぐような感じにはならない。
自分の内側で「おぉぉぉ、、、、」と人には分からないレベルで静かに震えてたりする。
この時、深いレベルで自分が広がっていたりする。
見えなかった物が見えて、言葉にならない「有難う」が溢れてきたりする。
内側に起こる感覚なんて、誰にも期待なんか出来ないことだし、自分で気づかないとこの現象は起きない。
表面的に「見える」感動は「見せる」ものなのかもしれないね。
一体誰に?
なんのために?
自分の内側に起こる感覚を感じて。 
それをしっかり身体が覚えています。
忘れることなんて、出来やしない。
ある意味「記憶喪失」させないといけないくらいの出来事があったとき、心の平安をつくり命を継続させる為に、そうすることがある。
大きな分離の最初の出来事。
人は自分を守るためにそんな機能を持っている。
すごい、デザイン。
喪失したはずの記憶は、実は自分の一番大切な部分。
呼び覚ますタイミングが訪れたのだろう。
一つになりたい。
わたしがわたしであることを感じたい。
人の一番欲するところに、やっと到達したのだろう。
封印することで自分を守ったその反動が起きようとしている。
覚悟がないと、このタイミングを創ることは出来ない。
おめでとう、祝福しよう。
反動が大きかった分、その反動は大きいだろう。
だけど、ひとりじゃない、わたしがいるし大丈夫。
その大きな反動・反射が小さくなっていくのが
歳を重ねていくことなのかもね。
気づいたとこからスタートです。
それが今までダメだったとか、なんでそうしなかったんだとか、なんては必要ない。
だって、そん時はそーだったんだもの、仕方ないじゃん。
事実を掴めたらひとつ「明らかに認める」=「諦める」として。
で、それを踏まえてこれからどーする、、、

そした、やっと現在地が分かる。
「いま」に生きてることが、やっと分かる。
一番大事な「自分」に背中向けて生きて来た「自分」とご対面。
いいも悪いもないんです。
ここらからがスタート。