
奈良県葛城市の當麻寺を参詣し、庭園や有名な牡丹を鑑賞してきました。
當麻寺子院(塔頭寺院)である 奥院 の 第57世 観譽察聞上人 が 奥院 大方丈 の天井絵に描かれた 牡丹に由来して植栽した牡丹の花を仏前にお供えしたことから當麻寺山内に牡丹の植栽が広まり、當麻寺が 「牡丹の寺」 と呼ばれるほどになった。

真言宗・浄土宗 二上山 當麻寺(たいまでら)
奈良県葛城市当麻1263 に所在。
創建当時三論宗を奉じていたが、今は浄土宗と真言宗の二つの異なる宗派によって護
持される全国的に珍しい寺。
本尊 當麻曼荼羅 (たいままんだら=重文) (創建時の本尊は 金堂の 弥勒仏)
創建 寺伝では 推古天皇 20年(612)
開基 寺伝では 麻呂古王(聖徳太子の異母弟 当麻皇子)
極楽浄土の様子を表した「當麻曼荼羅」の信仰と、曼荼羅にまつわる 中将姫(ちゅうじょうひめ=中臣鎌足の曾孫である藤原豊成の娘) の伝説で知られる古寺。
中将姫は母を亡くした後、継母に冷たくされ殺されそうになる悲しみの淵にも、蓮の茎から取った五色の蓮糸を用い、一夜にして織り上げたとの伝説で名高いのが 「當麻曼荼羅」 。

近鉄電車南大阪線 当麻寺駅から出発。
當麻寺への参詣道の途中に、相撲舘 と 當麻蹶速塚 があります。
〔相撲館 けはや座〕
平成2年5月に開館した相撲資料館。1階中央に大相撲本場所と同じサイズの土俵があり、相撲の歴史や郷土力士に関する資料が展示されている。館内に無料休憩スペースもある。
〔史跡 當麻蹶速塚〕
相撲の開祖で 野見宿禰(のみすくね) との決闘で負けた 當麻蹶速(たいまのけはや) を祀った塚と像がある。
さらに進むと當麻寺の仁王門が見えて来る。

主要建造物
〔仁王門〕 (東大門 = 正門) 重層で入口左右に木造の金剛力士立像が立つが、左側の吽形像(うんぎょうぞう)が天理市の なら歴史芸術文化村 で修理中のため留守でした。

〔鐘楼〕 吊るされている 梵鐘(国宝)は白鳳時代の680年代に作られ、日本最古である。しかし、ひび割れが入っている。
〔東塔〕 (国宝) 総高(相輪含む)は24.4mの三重塔。細部の様式等から、奈良時代末期の建築。
〔西塔〕 (国宝) 三重塔で、総高(相輪含む)は東塔よりやや高い25.2m。様式からみて、東塔よりやや遅れ、平安時代初期の建築。明治44年(1911)~大正3年(1914)修理が行われた際、心柱頂部に舎利容器が奉籠されているのが発見された。同時に発見された文書から、この舎利容器は建保7年(1219) の修理時に納められたものであることが判明。

〔金堂〕 (重文) 寿永3年(1184)に大修理。 入母屋造、本瓦葺。桁行5間、梁間4間。内部は土間で、中心の桁行3間、梁間2間を内陣とする。内陣は漆喰塗り、亀腹形の仏壇を築き、本尊の塑造弥勒仏坐像、乾漆四天王立像などを安置。
〔石燈籠〕 (重文 )金堂の正面に立つ。白鳳時代に作られた日本最古の石灯籠。
〔影向石〕
〔講堂〕 (重文) 金堂の背後(北)に並んで建つ。 寄棟造、本瓦葺。桁行7間、梁間4間。垂木の墨書により鎌倉時代末期の乾元2年(1303)の再建と判明。屋根は金堂と同様。 堂内は梁行4間のうち中央の2間分に板床を張り、本尊 阿弥陀如来坐像、妙幢菩薩立像、地蔵菩薩立像(以上いずれも重文) のほか、多くの仏像を安置する

〔本堂(曼荼羅堂)〕 (国宝) 金堂・講堂の西側に、東を正面として建つ。寄棟造、本瓦葺。桁行7間、梁間6間。梁行6間のうち、奥の3間を内陣、手前の3間を礼堂とし、内陣は須弥壇上に高さ約5メートルの厨子(国宝)を置き、本尊の当麻曼荼羅(重文)を安置する。左右(南北)端の桁行1間分は局(小部屋)に分け、北側西端の間には織殿観音と通称される十一面観音立像を安置。
〔弘法大師堂〕 正保3年(1646)建立。 (奈良県指定有形文化財)

主要子院(塔頭寺院)
〔中之坊〕 當麻寺の塔頭寺院の一つ。 高野山真言宗を奉じる當麻寺最古の子院。熊野権現が現れたというこの地に役行者によって開かれた。 中将姫剃髪の地と伝承され、中将姫の仏法の師である実雅の開山とも言われる。 陀羅尼助 発祥地の一つとされる。 写経にも力を入れて、特に写仏は大変人気がある。
〔剃髪堂〕 中将姫が出家して剃髪したと伝わる場所。

〔中之坊庭園〕 (1934年5月1日 国指定 史跡・名勝) 江戸時代初期作庭。 大和三大庭園の一つとされ、四季折々の花が楽しめる。 牡丹は特に有名で、當麻寺の 東塔 を眺めることができる。

當麻寺 子院 中之坊の牡丹園

當麻寺 子院 中之坊の牡丹園

當麻寺 子院 中之坊の牡丹園


〔西南院〕 塔頭寺院。 高野山真言宗の子院。 白鳳12年(683)に當麻寺の裏鬼門を守護する子院として建立された。 関西花の寺二十五霊場第21番、仏塔古寺十八番 第8番札所。 牡丹と石楠花が多く咲き、境内では當麻寺 西塔 が借景となって見栄えが良い。

當麻寺 子院 西南院 牡丹園

當麻寺 子院 西南院 牡丹園


〔奥院 おくのいん〕 當麻寺最大の子院(塔頭寺院)。 浄土宗総本山 知恩院 (京都市東山区) の「奥之院」として応安3年(1370)に建立された。
当時の京都は南北朝分裂後の混乱で常に戦火の危険性に満ちており、法然上人の夢告を感得した 知恩院の12代住職 誓阿普観上人 は、北朝 後光厳(ごこう ごん)天皇(在位 1352~1371)の勅許を得て、知恩院本尊 法然上人像〈重文)を 宣託本願念仏集(重文)や法然上人所以の宝物とともに當麻寺へ遷座し、往生院(今の奥之院)を建立しして開山。
以来、知恩院の住職が極楽往生を遂げる地として念仏流布と僧侶育成の道場となり、また當麻曼荼羅を日本全国に広める役割を果たし、多くの人々の信仰を集め、今日まで護持継承されている。

奥院境内
〔入口〕
〔宝物館〕 拝観受け所の前に建ち、仏像や書物 他の宝物を展示。 當麻曼陀羅の写本の一つ「延宝本」が収蔵されている
〔庫裡〕
〔正玄関〕 庫裡への正式入口。

〔大方丈〕 (重文) 慶長17年(1812)建立。 上村淳之 筆の30枚60面からなる「花鳥浄土」の襖絵が奉納されている。 また天井には牡丹の花が描かれている。
〔本堂〕 (重文)- 御影堂とも呼ばれる。 慶長9年(1604)再建
〔阿弥陀堂〕 江戸時代に建立。
〔楼門〕 (重文) 正保4年(1647)建立。
などが 今に残る伽藍に 宗教活動の偉大さが窺える。

〔奥院 庭園〕 境内の 楼門 から西に現生を石組みと渓流で表現した 「浄土庭園」 が広がる。 宝池を中心としている池泉回遊式庭園 。庭園にある巨石は 太閤石という。 かつて 豊臣秀吉 が大阪城を築城する際 西国から巨石を集めたが、この石はその産地の一つである豊後の湯布院から運ばれたもので、由布岳の溶岩が固まってできたもの。

浄土庭園 を取り囲み いろいろな珍しい種類の牡丹 80余種、約5000株を配植して清浄な信仰的境地を醸し出している。 見頃は、4月中旬~5月上旬。(今年は開花が早く 拝観日が遅すぎたようです

當麻寺 子院 奥院 浄土庭園の牡丹

當麻寺 子院 奥院 浄土庭園の牡丹

最後までご視聴有難うございました。
< 完 >
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