僕が心臓のネジを巻く時 -2ページ目

僕が心臓のネジを巻く時

出来れば僕が動かなくなった後でも、この世界が平和であって欲しい。大切な人達が幸せであってほしい。



「聖火見てたんですよ
 聖火です
 そこまで突っ走ってやろうと思って」

舞台は2008年 北京五輪
陸上男子400mリレー

第1走者 塚原直貴「一瞬一瞬が僕らの信頼」
左太股に痛みがあり、出場を懸念されるほどだった。だが、ゆっくり出た予選とは違い、決勝では最初から勢いよく飛び出し、その一本に全てを懸けた。

第2走者 末續慎吾「過去の自分を少し追い抜けた」
個人種目で思う様な結果を残せなかった末續選手。それでもここで走る意味は今まで走る意味とは違っていた。ここで後悔は出来ない。そして皆に後悔はさせる訳にはいかなかっ­た。

第3走者 高平慎士「みんなの思いが詰まったもの」
世界最速ウサイン・ボルトとの対決。しかし高平は朝原しか見ていなかった。ただ、バトンを渡すこと。ベストなタイミングで渡すこと。それだけを考えていた。

第4走者 朝原宣治「16年間追いかけた夢」
大学を卒業したら陸上を辞めて就職しようと思っていた。しかし1つの約束が彼を変えた。それから、夢を追い続けた16年。一言では語りつくせない思い。その思いをバトンに­込めて最後の闘いに挑む


Music:BE FREE(GReeeeN)

風を駆け抜けて走る

誰よりも早く走る

他のものをすべて置いていくようにして

駆け抜ける

誰も届かない世界に向かって

時に風よりも早く駆け抜ける





その時に

いつも背負うもの

それは『期待』




勝つことが当たり前

負けることは許されない

勝っても見てもらえるのは「努力」ではなく

優れた「家系」

それがサラブレッド





彼はいつも1人だった

風よりも早く走り

仲間の馬すらも置き去りにして

1人で駆け抜け

勝利を勝ち取っていった




そんな彼を仲間の馬は

いつも妬んでいた

「元々、生まれ持ったものが違う」

「サラブレッドだからって調子に乗っている」

そう言って冷ややかな目で彼を見ていた




それでも彼は気にせず

1人、勝ちを譲らずに

前を走り続けた





そんな彼に他の馬がついに

文句を言った

「早いのは分かるけど

 少しは他の馬にも足並みを合わせろよ」

すると、彼は

「遅いやつに足並みを合わせて

 勝負に勝てるのか」と言った








そんな彼の父は

有名な競走馬だった

一時は誰もが熱狂するような勝負を

勝ち続けた父も

晩年は見るも無残な程、負け続け


そして勝負の世界を降ろされ

人々から忘れ去られた





その父の寂しそうな姿を見てきた彼にとって

勝つことは存在意義そのものだった

父は「勝つことがすべてではない」と言ったが

早くから勝負の世界に入り

負けた仲間が若くして

その世界から去っていく姿を見て

彼は勝負の厳しさをいつも

肌で感じていた





だから彼は自分だけでなく

自分の仲間にも

勝つことを求めた

勝つことがすべてではない

それでも勝つことでしか

自分達はこの世界に残れない

そう考えていた






そんな彼は昔、他の仲間たちに

一緒に練習しようと提案した

勝つためだった

皆を守るためだった





しかし、誰も彼の厳しい練習についていけず

そして皆が口々に彼に向かって言った

「生まれ持ったものが違う」

そう言って多くの仲間が去っていった




それでも彼は皆を説得し続けた

「勝たなければ

 誰も喜んでくれないんだ

 勝ち続けなければ、俺達は

 この世界を降ろされ

 忘れ去られてしまうんだ」

それを聞いて仲間は言った

「勝ち続けられるのは

 親の才能を受け継いだ

 サラブレッドのお前だけだ

 お前に俺達の気持ちが分かるはずがない」






そう言われ続けて

たくさんの仲間が去っていった後も

彼は1人で走り続けた

いつかきっと皆も分かってくれると信じて





正直に言えば

1人で頑張り続けるのはきつかった

どんな世界でも

一緒に分かち合ってくれる人がいて

意味をなすことができる

喜びも苦しみも

誰かが一緒に共有してくれるから

どこまでも走り続けられそうな気がした

誰かが理解してくれるから

どんな苦しみも悲しみも喜びに変えることが出来た

それが彼にはなかった

だから彼は何度も走ることを止めようと思った






それでも彼は止めなかったのは

皆を信じていたから

皆を信じて

彼は走ることを止めなかった




〝いつか、いつかきっと〟




彼の懸命に走る背中を見て

仲間達も懸命に走ってくれるだろう

そう信じていた







そんな彼の気持ちを知らず

ある日、仲間の馬が彼に言った

「勝利というのは

 勝った時に一緒に喜んでくれる人がいて

 初めて喜びに変わるんだ

 一緒に手を叩いてくれる人がいて

 一緒に喜んでくれる人がいて

 今までの苦労が報われるんだ

 そんな人が、今のお前にはいるのか」





そんな人はいない

皆、去っていってしまった

彼はその問いに対して首を振った







「お前が目指す、そのゴールの先に何がある

 その先には何が見える

 それをなくして、お前は何を目指す」

仲間の馬が彼に厳しく言った






そんなことは分かっていた

誰も理解してくれない

誰も分かってくれない

それでも走らなければならない

それでも走り続けなければならない

勝ち続けなければならない

いつか「親から受け継いだ才能」が

「努力」に変わるまで







その時、初めて皆は理解してくれるだろう

勝つことがすべてではない

しかし、皆を守るためには

勝ち続けるしかないことを



自分達は競走馬なんだ

生まれてから死ぬまで

競争することを強いられて

そして勝ち続けること

それが自分達がここに

存在する理由なんだ




勝てなくなっても

もちろん生きてくことはできる

でも競走馬にとって

勝つことはより多くのものを手にできる

負けることはより多くのものを失う

負けることは皆の期待を失うことを意味する

皆の期待を失うことは

この世界を去ることを意味する

そして、それは忘れられることを意味し

俺達は存在意義を失う

俺はそんな馬達をたくさん見てきた

だから皆にはそうなって欲しくない

いつか、その日が来るとしても

できるだけ長く

この世界で走り続けて欲しい





そう願って走り続けた

しかし、どんなに頑張っても

それは「親から受け継いだ才能」と呼ばれた

だから、もっと早く走るしかなかった

「才能」の壁を越えた世界

そこに辿り着かなければ

努力など認めてもらえるはずがなかった

所詮は全てきれい事で終わってしまう

それでは誰も救えない

皆どころか

自分すらも救えない結果となってしまう

だから信じるしかない

皆と

そして自分の力を






そんなある日のレースで

彼はいつものように

誰よりも早く駆け抜けていた

いつもの様に誰も彼についていけず

彼は独走態勢に入った





しかし、最終コーナーを回った時

後ろから1頭の馬が

猛烈なスピードで追い上げてきた

それは今まで見たことのない選手

というよりも、ここまで勝負に恵まれず

負け続けた目立たない無名の選手

その無名選手が後ろから追い上げてきた





負けて当たり前

勝ったら奇跡

ラッキーか、あるいは他の選手の体調不良

悪ければ、いかさまだと言いがかりをつけられる無名の選手

その選手もまた、見てもらえるのは

自分の「努力」ではない





そんな選手が、今、彼の隣を走っていた

懸命に走っていた

他の皆の様に

ひねくれたことを言うこともなく

サラブレッドの彼の様に

何かの為ではなく

ただ、ひたすらに

前だけを見て

勝つことだけを信じて

未来だけを見つめて

駆け抜けていた

サラブレッドと共に駆け抜けていた

その目に宿る「ひたむきさ」






その無名選手の横で

サラブレッドは笑っていた

いつも1人で駆け抜けていた道の横に

共に走るものがいる

ゴールに向かって走るものがいる





互いに努力を認めてもらえず

それでも、その先に描く互いの未来





彼は走りながら思い出していた

〝勝利というのは

 勝った時に一緒に喜んでくれる人がいて

 初めて喜びに変わるんだ

 一緒に手を叩いてくれる人がいて

 一緒に喜んでくれる人がいて

 今までの苦労が報われるんだ

 そんな人が、今のお前にはいるのか〟






彼はそれを思い出し

そして、笑って心の中で手を叩いた

ひたむきに、そして

懸命に隣を走る無名の選手に向かって

手を叩いた

〝お前が自分の未来に向かってひたむきに走る時

 俺もまた、自分の未来に向かって懸命に走るだろう〟

 





無名の選手は今にも崩れ落ちそうな足を

懸命に前へ前へとつなぎ

サラブレッドについていった

サラブレッドもまた

燃え尽きそうな心臓を

力の限り燃やして

薄れゆきそうな意識を懸命につないだ

〝負ける訳にはいかない

 勝つことがすべてではない

 そう、

 「勝負に」勝つことがすべてではない

 だから負ける訳にはいかないんだ



 ここで負けたら

 こいつは独りになってしまう

 この苦しい道で

 独りになってしまう

 だから負けてはいけないんだ 

 自分に負けてはいけないんだ

 決して

 決して独りにはしない〟




 



2頭は駆け抜けた

人々の歓声の中

互いにゴールに向かって駆け抜けた

誰よりも早く

誰よりも真っすぐに




どこまでも

どこまでも

ひたすらに



そしてその2頭を

多くの歓声が包み込んだ


レミオロメン リズム 
彼らが住む街のすぐ近くに

その街を見渡せる

大きな丘があった




その丘の上には

大きなりんごの木があり

その木は街に住む人々を見守るようにして

そして、その大きさで

すべてを包み込む様にして

立っていた





そのりんごの木は

十数年前、街に住んでいた子供達が

植えたものだった





誰かが言った

りんごが食べたい、という

その単純な思いで

植えられたりんごの木




たくさんの嵐にも負けず

子供達の手によって

外敵からも守られてきた

そして、その木と共に彼らは育ってきた






しかし、子供達は大きくなると

自分達の夢を追い

仕事が忙しくなり

他に守るものができ

皆、りんごの木から離れて行った






その街で生まれ育った彼女も

その一人だった





彼女は、自分の夢を追う為に

その街を離れ、そして何年も過ぎた後

届かない夢を追い続けることに虚しさを覚え

そして疲れ果てて

この街に戻ってきた





街に戻った彼女が丘を見上げ

そこにあった大きなりんごの木を見て

懐かしさを覚え

丘を登り、そのりんごの木を見に行った





すると、そのりんごの木は

今でも驚くほど丁寧に手入れされており

自分が忘れてしまった大切ものを

思い出させてくれるようで

懐かしくなった






そうやって、しばらくの間

彼女がりんごの木にふれて

上を見上げていると

街から誰かが歩いてくるのが見えた





それは昔、一緒にりんごの木の世話をしていた

幼馴染の1人だった

彼は驚いた様に彼女を見て

そして嬉しそうに駆け寄ると

「久しぶり、帰ってきたんだね」と

無邪気な笑顔を見せた

そして、2人はりんごの木のふもとに座り

子供の頃の懐かしい話や

お互いのこれまでの事を話した




すると、驚いたことに

今でもりんごの木を手入れしていたのは

彼であることが分かった





「驚いたなぁ、皆、

 りんごの木の事は忘れていると思ったから

 今でもきちんと手入れされているなんて

 思ってもみなかった」

彼女が懐かしそうにそう言うと

彼は笑って言った

「僕には大切なものの様に思えたから

 忘れることはできなかったんだ」







彼は木に登りりんごの実を1つ取ると

半分に割って彼女に差し出した





「おいしいよ」

そう言って優しく差しだされたりんごを

彼女は受け取り、そしてかじった




その瞬間、そのりんごの

懐かしい甘酸っぱさが

彼女に昔の事を思い出させた

毎日が楽しかったあの頃

よく遊んでは喧嘩をして

泣いて、怒られて

それでも家に帰る頃には

皆が笑っていた子供の頃

帰る場所があって

そこで待ってくれる人がいたあの頃






そういう大切なものを置いて

夢を追う為に街を出て行った彼女を

今でも温かく迎えてくれる街と

優しく包んでくれるりんごの木





比べて、小さな自分

自分の夢を追い

自分の正しさばかりを主張し

大切なものを捨てられることが

格好良いと思い続けた自分





大切なものを置いて

遠くまで走ってきたその先に

答えを見つけれなかった

弱い自分




自分が進む、その先に何もないことを知り

大切なものは

捨ててきたものの中にあったことを知り

それでも前に進むことを止めれなかった自分を

許してくれるようなりんごの甘酸っぱさ

それを噛みしめて彼女は

今まで我慢していたものを吐き出すように

大きな涙を流して泣いた






「あの頃に戻りたい

 何もかもが美しかったあの頃に

 皆が笑っていたあの頃に戻りたい」

そう言って彼女は泣き続けた






それを少し困った表情で見守っていた彼と

優しく包みこむように立っていたりんごの木









そのりんごの木を背に

彼女は再び街を離れた

りんごの木から大切なものを教わったと思った彼女は

再び自分の夢を追うことを決めた

最後まで諦めたくなかったから





そんな彼女もしばらくすると

彼女の努力という木に実がなり

彼女が思い描いた夢へ辿り着いた




彼女は嬉しそうにたくさんのお土産を買い

一度、街に帰ることにした

ところが、彼女が街に戻ると

その丘にりんごの木はなかった

代わりに風力発電用の

風車がたくさん建てられていた





驚いて近くにいた老人にりんごの木の事を聞くと

その老人は寂しそうに丘を眺めて

「りんごの木を切ったのは

 その木を育てていた彼だよ」と言って話し始めた




「時代の流れかもしれんが

 街のエネルギー不足に伴い

 丘に風車を建てようという話になった





 もちろん、彼は反対していた

 少なくともりんごの木を切らないで済むように

 風車を建ててくれと頼んだが

 あの大きな木ではそんなことは無理だった




 何度も何度も彼は皆を説得していたが

 最後は彼が仕方なく

 自分で木を切ったそうだ」






その話を聞いて彼女は急いで

彼の家に向かって走った





老人は言っていた

「事実、あのりんごの木は

 争いの種になることも多かった



 誰かがその実を盗み

 それが誰かが分からぬまま

 皆が他の人を疑うことがあったり

 大きな木の影に住む人達は

 いつもあの木の存在を疎ましく思っていたに違いない





 それでもあの木を育て

 たくさんの嵐や外敵から守り続けたのには

 彼なりの思いがあったからの様だよ 

 



 彼は言っていたよ

 皆がりんごを食べたいと言って育てたりんごの木

 それは皆の希望が実るはずだった

 りんごの実は皆の希望そのものだった

 でも、実際に実がなった時に

 皆はいなかった

 彼は寂しかったに違いない





 それでもいつか、皆が帰ってきて

 りんごの実を食べた時

 たくさんなった希望の実を見て

 笑ってくれると思っていた




 でも、実際は皆、それを見て

 泣いていた

 大切なものを失ったと嘆いていた






 そんな木を自分は育てていたのだろうか、と

 彼は寂しそうに言っていたよ」




彼女は懸命に走りながら

何度も〝違う、そうじゃない〟と

彼の言葉を否定し続けた

あの木がなければ

大切なものを思い出すことはなかったから








自分が今まで築いてきたものを

捨てる時、人は何を思うのだろうか

あるいは捨ててしまった時

何を思うのだろうか

彼が長い間、育てたりんごの木を切る時

彼は何を思ったのだろうか





ずっと長い間、無意味なことをしてきたんだ

そう思いながら、涙を流し

りんごの木に斧を入れる彼の姿が

彼女には思い描かれた

それを何度も否定し

彼女は彼の家に駆け込んだ






そして、以前と変わらず

優しそうな横顔で

庭の花に水をあげる彼を見つけると

彼女は恐る恐る彼に近づいた






彼は近づく彼女の気配を感じ取ると

「あ、帰ってきたんだね」と言って

嬉しそうに優しく微笑んだ

その彼に向かって彼女は悲しそうな顔で

「りんごの木・・・なくなっちゃったね」と言った

すると、彼も少し悲しそうな顔をして

「ごめん、皆の大切なものを守れなかったんだ」と謝った





それを聞いて彼女は何度も何度も

首を振って

「違うよ、『ごめん』を言うのは私達の方だよ」と言った

そして悔しくて涙を流した







大切なものと知っていたなら

なぜ、それを守れなかったのだろう

大切なものだと分かっていたのなら

なぜ、その為に生きられなかったのだろう

それに気付いた後も

自分が追い求めたのは

自分の夢・・・






その小ささが悔しくて悔しくて

それでもきっと、自分は

自分だけの夢にすがりつくのだろう

それ以外、どうしたらいいのか分からないから






彼女はそう思って、泣き続けた

そんな彼女を見て彼はまた

少し困った様な顔をして

そして、同時に

大きなりんごの木の様に

彼女を包み込んで

何度も何度も

彼女の背中をさすりながら

「大丈夫だよ」と言った

何度も何度も

「大丈夫だよ、

 きっと大丈夫だから」と言った





その彼の優しさが

何一つ、昔と変わっていなくて

彼女は溢れる涙を止めることが出来なかった


青春の影