私は薬剤師である。

大学を卒業してから、地元に帰り、調剤薬局(薬剤師がおり、医師の処方箋に基づいて薬剤を調合する薬局)に就職した。調剤薬局は今、数えきれないほどあるが、その頃はまだ珍しい時代であった。お薬を渡す時にも、今のように患者さん本人に何の薬で、どんな効果や副作用があるなんていう説明は一切しない時代で、例えば、「僕の薬は何?」と聞かれれば、「何でおかかりですか?」と聞き、「胃が悪くて診てもらってる」と話されると「胃の薬ですね」と答えるような感じであった。

   今では当たり前のインフォームドコンセント(説明と同意)とはほど遠い時代であったし、今でいう心療内科などの処方箋に関しては特に「薬局で説明をしないでくれ」と医師から言われることが当たり前であった。

   ある日、先程の患者さんの友だちという女性の方が薬局を訪れた。

「すみません。胃の調子が悪いって言ったら、ここで薬をもらっている〇〇さんから、僕の胃薬をあげるよと言われたんだけど、飲んでも大丈夫ですか?」と相談された。

    私は「えっ!」と声が出そうになったが、必死でこらえた。ただ、眼は大きく見開いていたと思う。

「薬はその人の症状に合わせている薬なので、絶対に飲まないでください。却って良くないです。」と説明した。

〇〇さんの薬はいわゆる胃薬ではなく不安を取り除く薬であった。それを説明する事は出来ない。飲んではいけませんとしか言えなかったけれど、女性は納得して帰っていかれた。

   恐い。すごく恐いと思った。

   絶対に人の薬を勝手にもらって飲んではいけない。