モラハラ夫うつ病妻の円満離婚~離婚後の恋愛☆ -12ページ目

モラハラ夫うつ病妻の円満離婚~離婚後の恋愛☆

離婚を決意し、精神疾患になり、ヒーリングDVDにたより
離婚できました★
離婚後3年8か月で恋人を探そう!まで元気になりました。
すぐ彼ができましたが、すぐ別れざるえなくなってしまいました。
でもモテ期なので、楽しく心穏やかに過ごせるパートナー探してます。

今日、学生時代の友人から春休みの招集がかかった。


とてもすがすがしく、ジムにいったら会員で密かにくじびきを行っていたらしく、帰るときに、2等でした☆と、言われ、食器洗い洗剤ももらっちゃったし。(こういうのって品物関係なく、うれしいよね)


なんとなく、公にしよっかな。と、おもって、

この場をかりて、っつーことで離婚の報告と6月に単身引っ越しをすることを連絡した。


みんなとても大人対応してくれるので、このグループが心底好き。


日常の一言と、予定を書いた後、最後にbird頑張れ!って書いてくれる。

変な詮索はしないでいてくれるこの友人たち、ほんとにLOVE。


このグループの友だちは自慢の友だちで(誰に自慢するわけでもないけど)学校の校風なのか、みんな自分の人生をちゃんと歩んでいる。

とても素敵な女性の集まり。(職業もお医者さんとか弁護士とか会計士とかから、わたしみたいなファッション関係から、スーパーやさしいママ専業主婦とかいろいろ)


彼女たちはなんていうか、しなやかだ。


ちゃんと生きていると思う。


そんな彼女たちと連絡をとると、フツーにできていることができない自分が苦しく情けなく感じてしまう。


いろいろありながらの結婚生活と子供を育てること。


私は夫との間の疑問に目をつぶって子作りをしなかった。

この人の子供なら育てたい。一緒に子育てしたい。と心から思えるようになるまで、子供を作るのはやめよう。と、思った。


これは私にとって英断だった。


できるかできないかはおいておいて、年齢もギリギリだけど、夫も私も問題はなく、作ろうと思えばきっとできていたと思う。


でも、それは子供にとって失礼な気がして、子供を作る前に夫と向き合おうと決めた。

いつちゃんとむきあえるかわからないその決断は、私は子供ができない人生になるかもしれないということを受け入れることだった。


結果として、私は自分をほめたいと思う。

なかなかできることではないと思う。

女性の勝手なとても強い、でも自然なエゴを自ら手放したのだ。


頭ではわかっていることだけれども、私はすごい子煩悩で、その事実はときとして、つらい。


夫と離婚して、まだ、これから自分のベイビーと出会うようなハプニングももしかしたらあるかもしれない。


こんなに子供がいないことが苦しいのは、何かあるのかもしれない。


DVDをかけながら、涙があふれてくる。


悲しい気持ちはつらいものだけれども、あふれてくるこの悲しみをうけとめてあげようと思う。

夫が、一年間使用した医療費明細を手渡してきた。


私がなにそれ?いらないよ?と、いうと、一応報告。と。


は?使ったお金の明細はいつもみせるけど、ボーナスとか入ってきたお金の明細はみせてといってもみせてくれないくせに。


と、私。


一気に不機嫌。


夫に対して不機嫌になっているのではなく、どうして4年間もそんなことがわからなかったのか自分の愚かさに不機嫌になった。


夫は外食したあと、レシートをみせてきたり、いくらだったと思う?と聞いて来たり、かかった金額を示す。

聞かなくてもだいたいわかるっつーの。

医療明細も毎年見せてきた。


私はバカだから、そのことについて何も感じなかった。


あー!!!!もう、私ってバカ!!!!!!


夫は私と結婚してから、一気に収入が上がった。

会社からの評価が高くなり、これまでの比にならないほど年収が増えた。(夫の部屋で源泉徴収票をみたことがある)

アパート一棟購入するのだってもちろん夫の常日頃の努力があってこそのものだけど、私の知恵だって貢献している。


でも、彼はもうかった明細はみせないで、使ったお金ばかり私にみせようとする。


それって、どういうことがどうしてわからなかったのー??

おバカさんですよ。あなた。


結婚して出費がかさんだ→birdのせい

結婚して収入が増えた→俺のおかげ


こう考えているからに決まってるじゃない!!!


はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ。

やだやだ。


昨日寝ていて、何かが後ろから抱擁している感じがした。

途中からそれがなんだか気持ち悪くて、なんだ?と、思ったら、

どうも夫の生霊というかエネルギーというかそんな感じがした。

(夫婦別室)


時間をかけて、塩をかけるイメージしてみたり(笑)、すこしずつ離れてもらえるようイメージしてみた。

あー、これって千と千尋の神隠しの顔なしみたいだな。と、思った。

びったりくっつかないで、ちょっと離れているところでついてくるのはいいよ。と、それに伝えた。


もう魂の執着が離れてきているから、とても冷静に今世の現状だけを考えられる。


もうほんとイヤだわー。

自分に嫌気がさすー。


でも6月に引っ越すから、きっといろんなことがまた解決されて、ちゃんと離婚できるんだろうな。


たった一か月なのに、すごい進歩だな。


昨日の夜から躁状態になっている。


いろいろアイディアが浮かんできて落ち着かない。

こうなると興奮状態で夜はほとんど眠れない。


躁状態はとても楽しいのだけれども、ある程度でコントロールして落ち着かせないと反動が大きくなって、落ち込みが激しくなるので、もうひらめきをやめようと思っている。


んだけど、どんどんひらめく。


なんとなく、アマゾンでもっている本を売りたいなぁ。と、おもって昨晩登録したら、登録してからたったの1時間で購入申し込みが入っていたり、6月の引っ越しは風水の旅行月だ!と考えが下りてきて調べてみたら2014年の旅行月だったり。


どうなるかわからないからブログでしかかけないけど、昨晩は再婚相手まで夢にでてきた。

と、いうか、再婚する人のイメージというか。

もう、とにかく楽しくて、笑いがたえなくてオープンな人。


私が社交的で、家に友だちを招いたり、いつも家にあまりいないような人だったのに、結婚となるといまの夫のような全く社交的でない男性を選んだのはなんでだ?と思うほど。

(まぁ、魂が選んだんだな。っていうのはよくわかっているけど)


こんなに魂のネガティブカルマが解消されはじめると気持ちが変わるんだと感動してしまう。


本来の自分に戻れている気がする。

本来の自分って表現は難しいのだけれども、魂のネガティブカルマとか因縁とか、ひきずる何か、宇宙からの情報を遮る何かから解放されている姿。


母が父との関係で、母が強く、私を守っていてくれたときの私が、キレイな魂の幼子だったのだと思う。


その期間はとても短いものだったのだけれども、私の中に残っている。


もちろん母を責める気持ちは毛頭もなく、母自身も何かと戦いはじめたとき、私を守るものは薄れ、自分が持ち合わせていたネガティブカルマとか、因縁とかに立ち向かうときが訪れたのだと思う。


20歳のときに母にも見捨てられたような気がして、本気で自殺を考えたことがある。

当時問題となっていた自殺完全マニュアルを購入し、確実に死ぬ方法を探した。

その本に書いてあった「いつでも死ねるから、いま死ななくてもよい」という言葉を読み、私はいつでも死ねるんだ。と思って自殺をとどめた。


それから、母も頼りにならないから、自分で、このつらい思いを乗り越えないといけないと思った。

その時「フォーカシング」と、いう内なる自分に問いかける方法を知った。


あれがスタートだったんだな。


長くてけわしい道のりだった。

もちろん楽しいこともたくさんあったけれど。


私はまた、陽気な幼子のころにきっと戻れる。

母が、私が精神崩壊したとき、夫に「あの子はよく笑う子だったんです。本当にいつも楽しそうに笑う子で。あの子をもう一度笑わせてあげたい。」と。訴えていた。

いま、やっと意味がわかった。


おかあさん、あなたの子供に産まれてきて私は幸せです。

私の魂を守ろうとしてくれて本当にありがとう。


手放しの幸せが怖い気持ちがある。

そんなにいいことばかりつづくわけがないという恐れがある。


私はこの頭でっかちな臆病さと闘っていこうと思う。


きっと、笑いのたえない明るい穏やかな生活が私を待っていると思う。


と、ここで落ち着くことができたから、躁状態も解除しよーね。