今日、学生時代の友人から春休みの招集がかかった。
とてもすがすがしく、ジムにいったら会員で密かにくじびきを行っていたらしく、帰るときに、2等でした☆と、言われ、食器洗い洗剤ももらっちゃったし。(こういうのって品物関係なく、うれしいよね)
なんとなく、公にしよっかな。と、おもって、
この場をかりて、っつーことで離婚の報告と6月に単身引っ越しをすることを連絡した。
みんなとても大人対応してくれるので、このグループが心底好き。
日常の一言と、予定を書いた後、最後にbird頑張れ!って書いてくれる。
変な詮索はしないでいてくれるこの友人たち、ほんとにLOVE。
このグループの友だちは自慢の友だちで(誰に自慢するわけでもないけど)学校の校風なのか、みんな自分の人生をちゃんと歩んでいる。
とても素敵な女性の集まり。(職業もお医者さんとか弁護士とか会計士とかから、わたしみたいなファッション関係から、スーパーやさしいママ専業主婦とかいろいろ)
彼女たちはなんていうか、しなやかだ。
ちゃんと生きていると思う。
そんな彼女たちと連絡をとると、フツーにできていることができない自分が苦しく情けなく感じてしまう。
いろいろありながらの結婚生活と子供を育てること。
私は夫との間の疑問に目をつぶって子作りをしなかった。
この人の子供なら育てたい。一緒に子育てしたい。と心から思えるようになるまで、子供を作るのはやめよう。と、思った。
これは私にとって英断だった。
できるかできないかはおいておいて、年齢もギリギリだけど、夫も私も問題はなく、作ろうと思えばきっとできていたと思う。
でも、それは子供にとって失礼な気がして、子供を作る前に夫と向き合おうと決めた。
いつちゃんとむきあえるかわからないその決断は、私は子供ができない人生になるかもしれないということを受け入れることだった。
結果として、私は自分をほめたいと思う。
なかなかできることではないと思う。
女性の勝手なとても強い、でも自然なエゴを自ら手放したのだ。
頭ではわかっていることだけれども、私はすごい子煩悩で、その事実はときとして、つらい。
夫と離婚して、まだ、これから自分のベイビーと出会うようなハプニングももしかしたらあるかもしれない。
こんなに子供がいないことが苦しいのは、何かあるのかもしれない。
DVDをかけながら、涙があふれてくる。
悲しい気持ちはつらいものだけれども、あふれてくるこの悲しみをうけとめてあげようと思う。