原爆供養塔の守り人、佐伯敏子さんがお亡くなりになられました。
心よりご冥福をお祈りします。
『広島子ども派遣団』という勉強会で、初めて広島に行った時、体験を聞かせていただきました。
その時のうちの班の引率の先生(名前を失念。花粉症でマスクをしていたから『マスクマン』と呼ばれていた。似島の滑り台で盛大にスベッた加藤先生の名前は忘れてないんだけれど)が「佐伯のおばちゃん」と声を掛け、嬉しそうに話していたのを今でも覚えている。
佐伯のおばちゃんも、笑顔だった。
スケッチブックを片手にご自分のこと、家族のことを語る佐伯のおばちゃんの鬼気迫る表情、お母さんとの再会……今は資料館に展示されている遺品の眼鏡のことをお話しして下さった時の表情、最後には涙ながらになってしまった表情……。
どれも忘れられないものでしたが、一番印象に残っているのは、笑顔です。
「動ける間はここ(原爆供養塔)の掃除を続ける」
そう、おっしゃってました。
自分が次に広島を訪れたのは、2006年の春。
平和公園についてまっすぐに原爆供養塔へ向かったけれど、掃除をされていたのは別の方。
でも諦められずその方に声を掛けたら「病気で倒れるまで、つい数年前までは(佐伯のおばちゃんは)ここの掃除をされていた」と教えてもらえた。
「動ける間はここの掃除を続ける」
涙が出ました。
佐伯のおばちゃん、永い間お疲れ様でした。
ゆっくりお休みください。
ありがとうございました。
過ちは二度と繰り返しません。