初めまして。ビラセスと申します。

この度ブログを始めました。

 書くテーマや内容はこれといって決まった物はなく、僕が生きてて感じたことなど様々な事を投稿して行けたらなと思います。

ぜひ、温かく見守ってもらえると幸いです。



虫ケラでも明日はあるのか…

 では早速今回のテーマ「虫ケラでも明日はあるのか」についてです。

 無論、生きている限り虫ケラも明日はあります。

ただ今回書く内容としては、虫ケラという言葉についてそれがどう言った意味を成しているのか。

 虫ケラと呼ばれる者に意味のある「明日」はるのか。

 そこを深掘りしていけたらなと思います。



 まず、虫ケラと聞くとみなさんは印象がありますか?

 僕は侮蔑、軽蔑、という言葉が当てはまるように感じます。

 生きていても何も生み出さない、ただそこにいるだけのなんの意味も価値のない存在。

 そのようなイメージが僕にはあります。


 そしてその虫ケラという言葉は人に対して使うことがあります。

 例で言うとこんな言葉が思い浮かびます。

「虫ケラみたいな生活してるな」

「あんな虫ケラになにができるんだ」

「この虫ケラめが」

 この三つの文でも共通するのはやはり、虫ケラとは見下されている存在であったり、卑しめてる存在だということです。


 そしてこんな風に周りから冷たい目で見られる事にも慣れ、なにも無い日々を送っている。


 「まさに虫ケラみたいだな」


そんな風に感じる瞬間が僕にもありました。


 というのもなぜ僕が今回このテーマを書こうかと思ったのは、まさに僕が今「虫ケラ状態」だなと痛感したからです。


 高卒から仕事を始めてから約三年間、ほぼ毎日同じ事の繰り返しでした。

 毎日同じ時間に起き、同じ時刻に同じ電車に乗り、同じ時間に出社して、同じ作業をして、ほぼ同じ時間に帰宅して、同じ時間帯に寝て、

 そしてまた同じ明日が来る。


 最初の一年目は耐えられました。

 仕事で覚える事もそれなりにあったから、なんとか働いてる意義を感じる事が出来てました。


 二年目になってくると、もうしんどかったです。

でも二回りくらい歳上の上司とアニメの話やバイクの話などが合い、会話するのが楽しかったのから仕事に行く意味合いが多少なりとはありました。


 三年目になると、もう毎朝「行きたくない」

という感情しかありませんでした。

 仲の良い上司も辞めてしまい、作業も一年目からほぼずっと同じ。

 とりあえず行ってとりあえず作業する。

やる気なんてないです。

 毎日何も考えず惰性の日々を送っていました。


 そして、今四年目。

 僕はやっとこの仕事を辞める決意ができました。

 この文章を書いているのも仕事を辞める一日前の帰宅中の電車の中です。

 

 働いてる内は働いているだけ立派と、自分に言い聞かせながら惰性ではありながらも仕事をしてきました。

 でもほんとにこれでいいのか、このままじゃ本当に何も成長しないまま、何も働いてる意義を得れないまま、空っぽな大人になってしまうんじゃないか。

 貴重な二十代前半をこんな惰性で終わらせるのは絶対後悔するのは、知っている。

 知っているけど中々安定したレールを抜けるのは怖いし、次に何をすればいいのかわからない。

 そんな葛藤がいざ辞めるとなるとありました。


 でも安定と惰性を取り除かないと、人生は変化しないなと、気づきました。

 だから次何をするか決まっていなくてもとりあえず辞めるという選択肢をとりました。

 何をするかなんて辞めてから考えれば良い。

 辞めたからすぐ新しい職を探さなきゃとは思わないし、ひと段落してからでもいい。


 少し休みたいなと思ったら別に生き急ぐ事はないと思うし、精神的に辛かったらとりあえず寝て、寝まくって明日の事は明日考えればいいんです。


 休んでるうちに本当にしたい事はなにか探して、見つけて、挑戦すれば良いんだと思います。

 

 こいつは何もしてないなって後ろ指を差されることもあるでしょう。

 そんな時は堂々と言ってやればいい


  「休んで何が悪い」


 そもそも日本人は休む事に対してあまり肯定的では無いように感じます。

 働くことは義務かもしれないけど、その義務で人が死んでいたら意味がありません。

 

 やはり責任感の強い人は、明らかに職場環境が悪かったりいわゆるブラック会社に勤めて働いていくうちにこんな風に思ってくるんです。

 こんなに辛いのは全部自分の責任なのかもしれないと…

 自分が何もできないからこんな死ぬほど苦しいんだと…


 全てを背負い込んで自殺してしまう。


 うつ病で仕事を辞めると、あの人は自己管理ができていないなどと、辛い思いをした人がまた後ろ指を差される。

 そんなことが実際に僕が働いてる会社でもありました。


 自分が悪くないと証明させてくれる逃げ場がないと、その人はもう本当に"死"に向かっていくしか解放される術が無くなってしまうんです。


 話が少し逸れてしまいましたが、

今回のテーマ「虫ケラでも明日はあるのか」

 これに関して僕は"ある"そう思います。

 いや、あると信じてると言った方が正しいです。


 それは僕自身、虫ケラみたいな生活をして、感じる事も沢山あったからです。


 言葉にすると難しいですが、このままじゃ駄目なんだという危機意識もありましたし、三十歳を過ぎて今のままの自分だったら本当に毎日絶望しながら生きている未来しか想像出来なかったんです。


 だから自分が納得して生きていける道を探したいなと思いました。

 これは先日ある発信者から得た言葉なのですが、


「本当に納得して挑戦している時は"失敗してもいい"と思える」


 という言葉です。

 自分が自信を持って納得した道なら失敗しても納得できる。

 その失敗を経験値としてしっかり捉えることができる。

 簡単にいうとこんな意味です。


 これって本当に大事な考えだなと思っていて、例えば僕も最近仕事を辞めるのですが、

 この仕事を続けるくらいなら、別の道に行って失敗する方がマシだと考えたんです。

 だから自分の気持ちに納得して今の仕事を離れる事ができました。


 なので、これを読んでくれている人達(もしいたら)、不安があっても、今している事よりそっちの道に光が見えたなら、少しくらいは迷ってもいいです。迷って出した答えに自信がついてくる事だって大いにあります。

 だから胸を張って生きて、人生を堪能してください。


 虫ケラだって、明日はある。

 這いつくばって生きている。

 それを邪魔する権利は誰にもない。




ビラセス




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 ここまで読んでくれたみなさん本当にありがとうございます。


 間違いなくあなたは僕の光です。


 言語化能力の乏しい僕の文章はさぞ読みづらかったでしょうが、少しでも感じる事があったり、また個人の考えが生まれたりしているととても嬉しく思います。


 これからも思いついた適当なテーマでブログを発信していきます。

 よろしくお願い致します。