僕の世代にとって、長嶋茂雄さんは文字通りのヒーローでした。現在の大谷翔平選手以上の、圧倒的な存在感だったと言えるかもしれません。小学校低学年だった頃の僕は、投球やバッティングの技術も全く知りませんでした。それでも、体育の図鑑に載っていた長嶋さんがサードでゴロを華麗に捌き、一塁へ力強く送球する連続写真を見たとき、子供心に「なんて美しいのだろう!」と深く感動したのです。不思議なことに、その図鑑に他に何が載っていたかは全く覚えていません。長嶋さんの写真だけが、特別なオーラを放っていたのです。
話は変わります。
一方で、私の中学時代は暗い影を落としていました。私が通っていた中学校では、男子生徒全員が丸坊主にすることが校則で義務付けられていました。これは校則というより拘束と呼ぶべきものでした。また、“先生”という権威を笠に着た大人たちに嫌悪感を抱いていました。当時の僕には、中学校の教育現場にいる大人の多くが、現状に甘んじているように見えたのです。ある英語教師は、"handkerchief"を「ハンドカチーフ」と発音していました。信じられますか? “先生”たちの最悪なところは、自分たちの怠慢を棚に上げ、僕たちが通う中学校を美辞麗句で飾り立て、虚飾に満ちた言葉を並べ立てることでした。
ある日、そうした虚飾の代表格とも言える教師と授業中に言い争いになり、私は彼の欺瞞やデタラメを徹底的に論破しました。その教師は顔を真っ赤にして両腕を震わせ、今にも私に手を上げそうになるのを必死に抑えている様子でした。その場はなんとか収まりましたが……。
それから一、二ヶ月後、全校集会でその教師が学校を辞めることが発表されました。転勤ではなく、教師という職業そのものを辞めるというのです。クラスでは、彼の退職は僕のせいだという噂が広まりました。友人からは「bipolar01は、相手の首を絞めるだけじゃなく、最後には引き千切るような奴だからな」などと言われたりもしました。家に帰って母にそのことを話すと、「その先生にも生活があるのに。あなたは何てことをしたの」とひどく叱られました。この時僕は、正論だけでは人は救えないのだと痛感しました。相手に逃げ道を残しておくことの大切さを学んだのです。
それから約半年後、全校集会が開かれ、生徒全員が体育館に集められました。整列が終わると、司会の教師が興奮気味に「今日は、読売巨人軍の長嶋茂雄さんにお越しいただき、特別講演をしていただくことになりました!」と発表しました。当時、僕たちの町はアイドル歌手はおろか演歌歌手のコンサートさえほとんど開催されないような、のどかな田舎町でした。体育館全体が、一瞬にして歓声と興奮に包まれました。PTA会長と長嶋さんの縁故によるものだと聞きました。
しかし、講演の内容は期待を大きく裏切るものでした。長嶋さんの口から飛び出したのは、「坊主頭は素晴らしい!」という、ただその一言に尽きるメッセージだったのです。その言葉を聞きながら、僕は教師たちの姑息さと腹黒さに心底うんざりしました。坊主頭を強制されることに疑問や嫌悪感を抱いていた生徒は、決して少なくなかったはずです。そうした不満を抑え込もうという算段だったのでしょう。それを、長嶋茂雄さんを利用してねじ伏せようとするとは……。偉大なヒーローでさえ、時には誰かに担ぎ上げられ、利用されることがあるのだと、子供心に深く失望しました。
時は流れ、男子生徒の坊主頭問題は大きく変化しました。現在では、髪型の自由は憲法第13条で保障される基本的人権の一部であるという認識が広まり、強制的な坊主頭は人権侵害に当たるという考え方が主流となっています。私の母校でも、坊主頭が校則で強制されることはなくなりました。時代は確実に前進しているのです。
最後になりましたが、敬愛する長嶋茂雄さんの御冥福を心よりお祈り申し上げます。