創作オカシアター スクリーン4 ~去る者~
ミニシアターに勤める私には、やることがたくさん!
スタッフは私一人きりですから、
掃除をして…
上映準備をして…
開場まで、大忙しなんです。
そんなある日、
トイレ清掃をしようとドアの前に立った時
何故か違和感をおぼえたのです。
トイレのドアは男性用と女性用が並んでいて、
擦りガラスの入った小さな窓があり、
その下に男性用、女性用を区別するマークが描かれています。
見たことありますよね?
丸い頭に、男性を表すマークは四角い身体が青で描かれていて、
女性は、同じく丸い頭に、スカートを表しているのでしょうね?
三角の体が赤で描かれていますよね?
どちらも手足は真っ直ぐ下にのびていて…
そんな、見慣れた風景に、
何故かいつもと違う雰囲気を感じつつも、
慌ただしい開場前の時間に追われ、
掃除を済ませ、お客様を招き入れ
今日も、慌ただしく一日が過ぎていきました。
翌日、
また今日も同じように、時間に追われる一日が始まりました。
そしていつもと同じように、トイレ清掃のためドアの前に立った時、
昨日から感じていた違和感の原因に気付いたのです。
向かって右側の男性用トイレのドアの
男性を表す、青いマーク…
そのマークが右方向に少し動いていたのです。
真っ直ぐだった足が、まるで歩いているかのように左右に開かれ、
手は前後に振られていました。
「何?これ??いったい誰のいたずらなの!?」
驚きのあまり、独り大きな声を出してしまいましたが、
我に返り、少し恥ずかしさをおぼえました。
気を取り直し、
掃除を済ませ、開場準備を整え、今日もお客様を迎え入れました。
そして、慌ただしく一日が過ぎていきました。
そしてまたあくる日になり、
少しの不安と、
不謹慎かもしれませんが、大きな期待を胸に、
トイレのドアの前に立つと、なんと!
男性用マークは、すでに体半分がドアから消え去っていて、
このドアから立ち去ろうとしていました。
期待通りとはいえ、
もの凄く驚いたのですが、さらに驚いたのは、
女性用の赤いマークが、男性用のマークを追いかけるように右に動いていたのです。
手を、男性用マークの方へと伸ばし、
まるで追いすがるようなポーズをとって…
なんということでしょう!
この男性用マークは、女性用マークのもとを去ろうとしていたのです。
私はどうすることも出来ず、複雑な気持ちでトイレ清掃を終えたのでした。
翌日の私の、出勤するまでの胸の高鳴りは、言葉では語れませんでした。
足早にシアターへ向かうと、真っ先にトイレに向かいました。
ああぁ…
何ということでしょう!
男性用マークは姿を消し去り、
女性用マークはガックリと肩を落とし、跪いて失意のどん底にいました。
私は自分の事のように胸が痛み、ただ、呆然とその場に立ちすくみました…
その時です!
突然、事務所の電話がけたたましく鳴りました。
かなり驚いたのですが、
慌てて受話器をとると、電話の向こうからオーナーの声が聞こえました。
とても慌ただしい雰囲気で、
「大変だよ山下くん!当社は不渡りを出してしまったよ!」
そんなオーナーの声に、何が起きたのかわからなかったのですが、
「もうすぐ債権者が押し寄せてくるかもしれない!
君の給料も支払えないんだよ!
必ず連絡するから、すぐ、その場を離れてくれたまえ!」
そう続けて告げられ、ようやく私は事態を理解したのです。
この映画館…倒産したんだ…
あまりのことに、私は受話器をもったままガックリと跪き、
ただただ、途方に暮れるしかありませんでした。
そんな私の姿は、女性用マークそのものだったのです…。
しばらくすると、
大勢の債権者たちが、
まだ開いていない劇場の扉を叩き始めました。