創作オカシアター スクリーン2 ~変態猫~
昨日も…
そして今日もまた、変わることなく同じ動作のくりかえし…
私は映画館で、もぎりの仕事をしています。
ミシン目を折って…
半券をちぎる…
ピリピリ…
「ごゆっくり…」
これのくりかえし…
そんな変わらない日々でしたが、
昨日からちょっとした変化があったのです。
11:00の上映回、
座席番号“Hの3”
まばらにしか埋まっていない座席の中に、その仔はいたのです。
Hの3の席にチョコンと座って…
と言うか、とまって。
上映開始と共にスクリーンを確認するため入った劇場内、
最後列の後ろの壁際に立つ私の視線の斜め前、
何か小さなものが
畳まれた椅子の上で、チラチラ動いていたのです。
私は目を凝らし、その小さな物体を観察します…
なんとそれは、大きな羽をピンと広げたアゲハ蝶だったのです。
その所作はまるで、
日に当たり大きく花弁を開いた美しい花にとまり、
太陽の恩恵である甘い蜜を吸っている時のように、
優雅に、ゆっくりとしています。
私は何だかほっこりとした気分になり、料金はいただいていないけど、
その仔をそのまま鑑賞させることにしました。
ところが上映後、
清掃のために入った劇場内で、
私は衝撃的な光景を目の当たりにしました。
Hの3で鑑賞していたはずのアゲハ蝶が、
席の下の床に、その大きな羽を広げたまま落ちていたのです。
丁寧に拾い上げ、手の上にのせたのですが、この仔はピクリとも動きません。
とても悲しい気分になりましたが、仕事中です、
この仔の亡骸を丁重に処分するしか、私に出来ることはありませんでした。
おっと…
そろそろ11:00の回が始まります。
ブーー…
扉を閉め、
最後列、Hの3の斜め後ろの壁際に立ち、スクリーンを確認します。
すると、たたまれたままのHの3の席の上に、何かが動いていました。
ギョッとして、目を凝らしてみると、
なんと!真っ白な、小さな二十日鼠!!
長いしっぽをくるんとたたんで、ちょこんと座っています。
もう!驚いたなんてもんではありません!
他のお客さんに見つかったら大騒ぎです!
しかし、
私がこの回でもぎった半券は3枚だけ…
その方たちはみんな、前の方の席に座っていました。
私は、この仔をこのまま鑑賞させてあげることにしました。
そして上映後、
他のお客さんに見つかる前にと、慌ててHの3の席へ走りました。
「きゃっ!」そこで私が見たものは!
短く叫んだ私の足元には、
踏まれて潰れた二十日鼠が横たわっていました。
まるで、皮しか残っていないかのようにペタンコに潰れた…
私は悲しい気持ちを抑えつつ、新聞紙にそっと包んでその仔を処分しました。
私にはそれしかできないのです…
翌日…
11:00の回は鑑賞客は一人きり…
私は恐る恐るHの3の席に向かいます。
そこで私は、自分の目を疑いました!
畳まれたままのHの3には、
仔猫がシャンと背筋を伸ばし座っているではありませんか!
余りの出来事にかなり驚いた私ですが、
しかし珍事もこれで3回目、
開き直った私は、この仔をこのまま鑑賞させてあげることにしました。
少しばかりの不安を心に抱きつつ…
そして、今日も例外なく悲劇が訪れました…
上映後のHの3の席には、やはり潰れて皮だけになった仔猫が、
まるでハンカチのように座席に垂れ下がっていました。
私は必死の勇気を振り絞り、仔猫を片付けました。
そして、Hの3の席に「使用禁止」の貼り紙を貼ったのです。
不思議な3日間でした…
そして、いつもの日常を取り戻したのです。
ミシン目を折って…
半券をちぎる…
ピリピリ…
「ごゆっくり…」
そして今日も11:00の回が上映されます…
扉を閉め、いつもの壁際に…
…!?
な…なんと!
Hの3の席に、3歳くらいの坊やが座っているではありませんか!?
私は慌てて駈け寄り、その坊やに小声でささやきました。
「坊や!どこから入ったの?そこの席には座ってはダメよ!」
すると、スクリーンに目を向けていた坊やは私の方へ向き直り、
妙に大人びた言い方で、
「お嬢さん、ありがとう!」そう言ったのです。
「え!?」呆気にとられている私に坊やは続けました。
「貴女が見逃してくれたおかげで、私はどうやら神になれたよ。」
「か…神って!?」私は、大声で叫んでしまいましたが、
館内のお客さんは誰一人、気にもしない様子でスクリーンを見つめています。
「おかげさまで、ようやく羽化することが出来たよ。
お嬢さん…明日からは忙しいよ。フフフ...」
そう言い残すと、坊やはスクッと席を立ち、スタスタと出て行ってしまいました。
呆然と立ち尽くす私を、その場に残して…
翌日の11:00の回は、坊やの言った通り大盛況でした。
「神…かぁ~…」私はひとりごちて、
入場を待つ長い列を処理していきます。
そして私は初めて知りました。
“福の神”が脱皮を繰り返し、成長するということを…
今日は大忙しの日です。
ミシン目を折って…
半券をちぎる…
ピリピリ…
「ごゆっくり…」
ミシン目を折って…
半券をちぎる…
ピリピリ…
「ごゆっくり…」
ただ、
Hの3の席にだけは「使用禁止」の貼り紙が貼ってありますが…