16日前後から2~4週間ほどスリランカおよびスマトラへ行くことにしました。
長期ビジョンで10年後・20年後を見据え、身近な方々を無くし生き残った人々が、将来に夢と希望を再び持てるような生活コミュニティーと教育の場をつくるためのNGOを立ち上げることにしました。
まだ、今日現在全ては私の頭の中に漠然としかありません。

偶然バイオマスを仕事にしているため、スリランカ・インドネシア・マレーシアには日頃お世話になっております。また、中国・韓国・日本においては赤道付近の国々で豊富に生産されるバイオマスエネルギーの消費地としてさまざまなお付き合いをさせていただいております。 一小企業、一個人として南から北の国々までのネットワークを縁あって持たせていただいておりますので、これまで個々の国々ごとの繋がりであったものを、今回線に結びさらに面に展開していく中で、国という垣根を越えた相互理解と共生の契機とするためになんらかの原動力として世の中のお役に立てればと考えた次第です。

今日が、スタートの日です。
今週・来週に仲間にいろいろと気持ちを伝えたうえで、再来週から現地に入り、戻った上で具体的なプランニングを行い其処からが実行段階になります。

まだ、気持ち・感情だけでとにかく動きはじめた段階です。
関心がある方はコンタクトしてください。

同じようなNGOは他にもあると思います。でも私は自分で創って、自分で苦労を楽しまないと納得が出来ない性分です。なにも特別なことや大きなことをやろうと思っているわけでは有りませんので、自分が繋がりがある範囲で、理解しあえる人々と丁寧に創って行きたいから勝手に立ち上げるまでの話です。団体は生まれたときからかかわる人々によって徐々にその思想・性格が育てられて行くものだと思っています。個人・小団体では大したことは出来ませんので、他の団体とも、多くの協力・協調をして行きます。ただ、小さな集まりであっても自分たちでNGOを立ち上げることで、どのような人達と何のためにどのような行動を共にするのか、の選択は自らで行いたいと思うのです。(要するにワガママってことですがね・・・)

以下、久しぶりにふと思い出した一つの自分の原体験(?)がありましたので、書き留めておきます。

学生時代山登りに夢中だった頃、ペルーアンデスに単独で登りに行きました。 ワラスと言う3000m近くにある町からアルパマヨとかワスカランなどの6000m・7000m級の山のベースに1日で入ることができ、3ヶ月ほどあれこれと登攀に熱中していました。
この時ある日、小さな木箱に入れた駄菓子を夜の町で売り歩いている小学低学年ぐらいの子供に出会いました。
振り返ればテレビでも見たことがあるはずの、既に知っていたはずの現実なのですが・・。
たまたま日本に生まれた私が、大した努力をしたわけでもなくペルーアンデス奥地の町で数ヶ月も山登りをして遊んでいられる一方、たまたまペルーアンデスワラスに生まれた彼が、こんな自分に対して夜遅く安全でもない町の中で飴を売らなきゃいけない現実に自分のそれまでの甘さ・どれほど恵まれていたのかと言うことをガツンと感じさせられた瞬間でした。
山岳ガイドになって食っていこうかと漠然と思っていた時期で、だからこそ高所登山にも出かけて行ったわけですが、この出会いを境に山登りと縁遠くなっていった気がします。
せっかく恵まれた環境で生まれた自分が、その中に甘えて暮らすのではなく、自分の与えられた環境と能力をより磨き生かすことで、何かができるだろうし少しは世の中の役にも立てるしそうしたいと思ったからです。

これが、自分が山登りに没頭することで現実社会と切り離されていた自分を現実社会の中で生きる生き方に変えさせた契機になっていたことをふと思い出しました。

今ではこれほど傲慢かつ大上段に考えているわけでは有りませんが、当時は素直にそう感じました。。


って、ことで
がんばりますわ

家族・友人・株主・社員・役員はじめお世話なっている多くの人々へ
またなんか勝手なこと初めて
ま じ ご め ん
まだまだ苦労させてしまいます
新年早々ほんとごめんなさい
いつもほんとにありがとうございます。
今年も・・いや今年だけでなくこれからも末永くほんとよろしくお願いします。