また愛着のお話です。
「またかよ~(-""-;)」なんて言わず、まぁ、聴いてくださいな♪
月に一回、精神分析の勉強会に参加しているのですが、今年のテーマは、『乳幼児の発達』でありまして。
今月は、乳幼児期のあかちゃんの気持ちについて勉強してきました(・∀・)
特に乳幼児期は、特定の大人の献身的なお世話が必要になってきます。
乳児院では、それが不足してしまいがちになってしまうので、愛着障害を起こしてしまいます。
もちろん、一般家庭でも、例外ではありません。
それはというと。。。。
あかちゃんは、刺激が少なく、羊水に包まれて、暖かい安定した環境から、刺激が多く不安定な世界に飛び出してきます。それはそれは、とてつもない環境の変化でしょう。。。
排泄もしたい時にできて、栄養も欲しい時にとれて、温度調整もされていて、快の世界にどっぷりつかっている世界。
よく、「ぬるま湯のような世界」という表現を耳にしますが、(今は言わないかしら?)まさに、そういう環境なのだと思います。快の状態があたりまえなのです。赤ちゃんにとって。
でも、産まれてしまったら、いつも快の状態ではないですよね。
そこで、安定した快の世界ではないことに混乱し、不安でいっぱいになって恐慌状態に陥るのです。
あかちゃんは、経験が少なすぎるため、この不安定で不快な状態がどのくらい続くのかが想像できません。
1秒が1時間にも感じるかもしれませんね。
永遠に続くかもしれないという絶望感すら感じてしまう。
そこで、不快から快の世界へ戻してあげる人が必要になってきます。
絶望から救い出してくれる人が必要になってくるのです。
『なんだか不安定で怖い気持ちになっても、ちゃんと救い出してくれる人がいる。』という経験をさせることが大切なのです。
生まれたての赤ちゃんは、いくらママが、快の状態にしてあげても、『きゃーーーなんだか怖いよ~
。・・・と思ったら、あれ?なんだか安定感あって、安心してきた・・・・よかった~』ってなかんじで、ママが、寝不足になりながら頑張ってお世話をしているなんて微塵も思ってません。。。
あかちゃんに現状把握をする能力がまだ備わっていないから。
ということなのです。
実に自己中心的です。。。
こう考えると、この時期を頑張りきっただけでも、すごい!!と思いませんか![]()
そして。
『きゃー!!なんか嫌な感じなんですけどー!!私どうなっちゃうの!?怖いよー
・・・って思ったら、なんだかいい感じ~。快適快適
』という感覚から、少しずつ、『あれ!?なんだかナニカ(特定の大人)の気配がすると、快適になるぞ
』と言う風に、ナニカ(特定の大人)がいると快適になるようだということに気がつき始めます。
そして、『あ
この人が私を絶望から救い出して、快の状態にしてくれるんだ~
』という風に感じるようになってくるのです。
そのうち『きゃーーー、ちょっと不快感MAXなんですけど!!あんたどうにかしなさいよね
はーやーくー』っ、てな感じに変わってくるのですが。。。(汗)
それでも、ちゃんと対応してもらえて、安心感をもらう事で、『この人好き
この人といると安心
』となり、「愛されるに値する自分」を感じることができるようになってきます。
こうやって、愛着や絶対的信頼感ができあがるのですが。。。
あかちゃんが泣いてもすぐ対応できなかったり、対応したりしなかったりと不規則だったりすると、愛着や絶対的信頼感が上手く育たず、愛着障害が起こる可能性が高くなります。
あかちゃんが泣いても、あまりにも対応しなかった場合、あかちゃんは深い絶望に陥り、泣く事をやめてしまいます。そして、辛い辛い現実を感じないように、シャットアウトしてしまうのです。。。。
こうしてみると、本当にママは大変でありまして。。。
ママ側にだって、色々な事情があるのですが、あかちゃんは容赦なく、自分の要求を「泣く」という行為で主張してきます。
あかちゃんの要求に全て的確に反応するなんて無理な話です。。。
それでも、あかちゃんにとってはショックな訳で。
でも、あかちゃんの要求全てにこたえようとすると、ママが壊れてしまう訳で。
そこで、お互いのすれ違いが起きるのではないかと思います。
そのすれ違いを修正するのにも、ママやパパやさまざまな周囲の人のギューッは、とっても重要なことだと、私は思っています。