こんにちは。
浪花大好き!浪花のズッコケおやじこといけやんです。
ソチオリンピックで盛り上がっている中、昨日東京都知事選挙があり、予想通り舛添氏が当選しました。
大阪人である私は直接関係ないのですが、日本の首都であり、世界でも屈指の都市ですので、日本人として関心を持つのも必然です。
大雪が降り投票率の低下が懸念されていましたが、思った通りの低投票率で、政治を自分ごとと捉えていない人が多いのにガッカリとはいかないもでも、同じ日本人として情けないと思います。
50%を切った投票率だったことを考えますと、本当に都民の意志が反映しているのかと疑問に思います。
投票率が下がれば下がるほど、政党・特定の利益団体の思うつぼであり、目に見えないところで都合のいいように政治が動かされることに不安が募ります。
現在の日本は平和であるように見えますが、本当にそうなのかと疑っているのは私だけではないと思います。
しかし今回の投票行動を見る限り、二人に一人は平和ボケしている人がいるとの結論に至ります。
理由はともあれ、投票になぜいかないのか。
私には理解できません。
期日前投票もできるのですから、投票する意思さえあれば100%できるのです。
ここまで日本人が堕落、ことなかれ主義に陥っている人が多いと、日本が外敵に対処しようとした時に果たして毅然として対峙していけるのか。
心許ないといわざるを得ません。
一刻も早く、平和を維持していくのは自衛隊ではなく、日本人一人一人であるとの意識を持ってもらいと願ってやみません。
投票に行かないことは、自分自身の首を絞めることであると私は思っています。
東京都知事に選ばれた舛添氏にはしっかりと都政に取り組んでもらいたいものです。
過去に起きた宇野宗佑元首相の二の舞にならないことを祈りながら・・・・・・。
以下、本日の日経新聞朝刊のコラム「春秋」を転載します。
関心を持たれた人は一読して下さい。
司馬遼太郎が言っている。
「幕末、江戸にぼつぼつ蘭学塾ができ始めたころ、蘭学の先生が旗本か御家人の入塾志願を『学問は田舎者に限る』といって、断ったそうです」
そのころ、学問のように洒落(しゃれ)っ気のない根気仕事は江戸の人間に向かぬと思われていたという。
▼関西人の司馬自身は「僕は寸毫(すんごう)も東京が語れない」と断っている。
それでも、日本中の人々を撹拌(かくはん)してできている今の東京のどこかにそんな気質も残ってはいるのだろう。
それが知事に伝染したわけでもあるまいが、まる3年たたない間に3度の都知事選は慌ただしい。
記録的大雪の後遺症もあって、投票率も低調だった。
▼およそ改革を掲げぬ政治家はない。
舛添要一氏が率いていたのはその名も「新党改革」だ。
「信長が古い体制を壊し家康が江戸の世をつくったように、改革は破壊と創造とで成し遂げられる。
破壊者が同時に創造者たりえないのは歴史が語っている」が持論だと承知する。
続きは「今日の日本には創造者がいない」である。
▼いよいよ自ら「創造する改革者」になろうという新知事にとって、五輪を控える東京という大舞台に不足はないだろう。
その舞台ではきのう、多くの人が慣れぬ雪かきをした。
東京の人間だって雪かきほどの根気仕事はやる。
学問の才と洒落っ気とを併せ持つのだろう舛添さんには、根気仕事にも精を出すようお願いする。