こんにちは

ややごぶさた気味のNLPプロモーター キクチカメヤです。



最近、ちょっと不在でした。


家に居たし会社にも通っていました。


ふだんどおり
仕事をして
生活していました。



なのに不在。




意味わかりますかな。


疲れやすいというか
余裕がないというか
神経が昂ぶっているというか
やる気が起こらないというか
不安というか
・・・


こうして書いてみてうまく説明できてるかわかりませんが、要するにこのところ自分が自分じゃないような、いや自分なんだけど、いつもの自分とは違うモードになっていました。


あの地震から1週間以上経ちまして昨日あたりから、やっと戻ってきた感じがしているところです。


3月11日の午後2時半頃を境に、その前と後とで東日本の人々の意識は大きく変化したと思います。
地震で揺さぶられたのは、地面や建物だけではなくて、それ以上に人々の脳と心だったと思います。

そこで、地震以降のわしの周囲の出来事と自分自身の心境を思い起こしてみることにしました。

●最初の大きい地震のときは、会社のエレベーターホールにいました。
今まで経験した地震の中で最も大きかったので、驚きました。でもそれ以上に驚いたのは、大地震だと思った都心の震度が5だったこと。
6や7だと、完全に揺れに体を任せることになり、自由が利かなくなるのだということを初めて理解しました。

●地震直後に家族の安否を確認しようと電話を使うものの、携帯はまったく使えず固定電話でやっと連絡が取れました。日頃モバイル環境の整備された状態が当たり前で、これに依存している自分に気づきました。

●この日は長女はるぼう(9歳)の誕生日。夜にパーティーを開く約束をしていたので何としても帰りたかった。なので18時過ぎに会社を飛び出しました。自宅のある平塚まで70キロ以上。でも、そのときは何とかなると楽観していたのです。
「夜中には電車が動くかも」
「最悪、適当なところでタクシーを捕まえれば」
「ホテルもあるし、ネットカフェだってある」

●夜の都心の幹線道路。歩道は人で溢れていました。道路は車で溢れていました。そして歩いても歩いても、人は減ることなく、車は動いていませんでした。
コンビニには人が押し寄せ、いまどき使う人はいないであろうと思われていた公衆電話には長い行列が。
歩き始めて2時間過ぎた頃、どうやら自分の見通しが甘すぎたことを悟り始めました。
(悟る一方で、後悔はしていませんでした。出来る限り少しでも家に近づいておきたい。なんたってムスメの誕生日なんですから!)

●品川駅で、今夜JRが復旧することはないということをはっきり悟りました。京急線もシャッターが降りていて、横浜へのルートも閉ざされていました。
この頃地下鉄は一部再開していたようですが、わしには関係ない。

●歩きながら目に留まったホテルに入ってみたものの、軒並み満室。携帯電話が通じないから、お手軽にリサーチという訳にいきません。とにかく南を目指して歩きながらホテルがあったら空き部屋を確認。足が棒になった23時過ぎに、五反田で飛び込んだホテルの最後の一室に入ることが出来ました。

●翌日、8時から東海道線が動くというので品川駅まで出て様子をみました。駅はいっぱいの人で溢れていました。予定時刻になっても動く様子がないのは、人が多すぎるからでしょうか。
わしは一刻も早く家に帰りたかったので、東海道新幹線で小田原まで出て、そこから東海道線上り電車で平塚へ帰りました。3月12日午前10時。



ここまで、地震が起きてから一日と経っていませんが、この間わしの意識の奥にあったのは、「もっと大きいのが来るのではないか?」という大きな不安でした。この不安は、恐怖に打ち震えるというそういった類のものではなくて、背中の下のほうで少し熱を持ってグルグルうごめく、いやぁ~な感覚です。この“グルグル感”(と、ここで名づけてしまいましょう)は、おそらく今も続いています。

以下、わしが「不在」だった時のエピソードには、ほとんどこのグルグル感がつきまとっています。


●土日は、ほとんど家で寝たおしていました。もともとNLPマスタープラクティショナーコース第3週の予定だったのが、地震の影響から延期になったので、まるまる空いてしまったからです。
土曜日の夜は、長女はるぼうの誕生日会を家族でやりましたが、あとは寝てるかTV見てるか。

●週明けの14日月曜日は東海道本線が運休。なので休みました。ツマが通勤手段を車から自転車に切り替えました。そのツマから「雨合羽と乾電池を買っておいて」と頼まれたので、買出しに近所のホームセンターへ。すると、そこはいつもと違う様子でした。照明がうす暗く、棚には商品が並んでおらず、人がやけに多く、そしてみんなたくさん買い込んでいる。町を車で走ると、スタンドには何十台もの車が行列をなし、スーパーや薬局には入口から何十メートルも人が行列をつくっていました。町が、いつもと微妙に違う。異様。

●15日から東海道線が動き出し、通勤が再開。通常運行の5割とか7割とか言われているが、出勤ビジネスパーソンはもっと多いはず。乗客が多い。おまけに計画停電さわぎで突然都心部から帰宅指示が出たり、そのくせ電車の本数が減っていたりで帰りたくても電車に乗れないという事態に遭遇したりもしました。

●会社の様子。東北の一部地方は壊滅状態で、建設会社の社会的責任として復興支援をする訳で、社内ではその情報収集と態勢づくりのためにてんやわんやの大騒ぎ。けれども、わしは完全に通常業務である受注活動。ちょうど地震の前日に担当プロジェクトの見積書・提案書を提出したところで、今はその審査を受けている真っ最中。都心の被害は少ないので、お客さんも設計事務所も普通に仕事してます。なのでわしも普通に仕事。震災・原発・停電といった世間の騒ぎと、物資調達・態勢整備といった会社内部の騒ぎと、自分の仕事の間にすごいギャップがある。

●津波の被害が大変なものだったことが明らかになってくると、わしのグルグル感はますます活性化。なぜって、我が家は海から1キロと離れていないから。16日の夜に、静岡の富士宮が震源地の、わりと大き目の地震がありました。その時間は家族全員家に居たのですが、こういう状況は珍しいです。たいていみんなバラバラ。わしは都心で仕事。ムスメは小学校と保育園で、ともに海の近く。ツマの職場は市内ですが海からは離れている。と、こう考えると津波が起きた場合犠牲になる確率が高いのは、小さな子供たち。
考えてもしかたがないことかもしれないが、後になって考えていなかったことを悔やむようなことはしたくない。
急に引っ越すなんてことも出来ないけど、ある種の覚悟を決めることと、選択の幅を広げておくことは大切だと思うのです。

●原発の事故。放射能汚染が広がり、やがて首都圏にも及んでくるのではないかという不安感。
報道で発表されている情報は、不安を煽るだけで、いったい何が事実なのか、そもそも何がどうなったら有害でどうしたら抑えられるのか、そういったことが全く分からない。分からないヤツが分からないことを話しても、混乱するだけ。伝わってくるのは「ヤバいらしい」という雰囲気だけ。
友人のブログやメールから、「結局われわれは、問題解決に当たってくれている技術者を信じるしかない」というメッセージを受け取り、まったくその通りだと得心しました。

●東北地方で実際に被害に遭われた人々や、亡くなった方々の遺族に対する想い。正直言いまして、このことが最も自分の中で処理しづらいことなんです。“グルグル感”、自分のことで精一杯で、とても他の人に対して何かをしてあげられる余裕がなかったというのが本音です。この一週間、自分のビジネスでやったことと言えば、帰宅してメールチェックし通勤天国.com更新をしたことの他、3/17天職セミナー延期のお知らせ関係くらい。これが、今のわしの限界だったんでしょう。

●3/18(金)は、計画停電もあるので、早めに帰宅しようといつもより早く東海道線に乗ったら、人身事故発生で1時間以上帰宅予定が延びてしまいました。
平塚駅に到着すると、街はまっくら。
夜空には満月が上がっていて、街灯がなくても十分明るい。
家までの10分間、月明かりを楽しみました。
ときどき通過する車のヘッドライトが邪魔に感じたりも。
帰宅すると、いつもの我が家なのにまったく違う雰囲気。“いつもの場所なのにまったく違う雰囲気”をこのところたくさん経験していますが、たいてい違和感が先立ちました。けれども、この夜は珍しくよい方。それは月明かりのおかげ。我が家は2階にリビングがあって、トップライト(天窓)もある、ツマが窓のブラインドを全開にしてくれていたので、外からたくさん光が入ってきていたのです。
ちょっと幻想的な雰囲気の中で夕飯を食べ、風呂に入りました。
気分がよかったです。



現在NLPマスタープラクティショナーで学んでいる「システム」という捉え方は秀逸だと思いました。

人あるところにシステムあり。

今、東日本に住む人々が織り成すシステムは、地震以降変容していると思います。
もちろん、わしにはそんな大きなシステムを捉えようがありませんが、自分の所属する会社という組織を見て、今自分は変化の只中にいることを感じています。
みな、それを感じていると思います。

まだ言語化が出来ていないだけなのです。



わしがこの1週間、ブログを書けなかったのは、


グルグル感に参っていたからだけでなく

花粉症で弱っていたからだけでなく


今の事態をどう捉えたらよいのか

どうやって言葉にすればいいのか


インプットとアウトプット双方ともがやや機能不全だったのです。



昨日は、通勤天国.com用の新しいリーフレットの原画を描き上げました。

落着きを取り戻してきた今、これからは自分と自分を取り巻くシステムの変化をウォッチしつつふさわしい言葉を見つけていきたいと思います。

今日のこの長い記事は、その第一歩です。


変化のハウツー ~つなぎつながるテクノロジー NLPをあなたに~