キクチカメヤです。
起業しようと思い立って早3年以上になりますが、いまだにお金を稼ぐまでに至っておりません。
このあたりの紆余曲折はおいおい語っていきますが、今日は端折りまして・・・
今わしは【NLP】を起業のテーマとしてはっきりと決めています。
なぜNLPを起業のテーマにしたのか?
今日はここらへんについて触れていきたいと思います。
今から約半年前、ひょんなことでNLPを知りまして、株式会社NLPフィールドのプラクティショナーコースを受講するご縁に恵まれました。
ビジネスパーソンとして、あるいは一個の大人として、自分自身のコミュニケーション能力について行き詰まりを感じていたことが、このコースを受講する動機になったワケですが、この学びの場で得られたことは大変素晴らしく、まさに目からウロコの連続でした。
いったいどれだけわしの目からウロコが剥がれ落ちたことか・・・
おかげで目ン玉の皮がそーとー薄くなりました。
今、世の中は大きく変化しています。
ものすごい変化です。
少し前までは、変わらないのがあたりまえだったのが、今は変わることがあたりまえになっているんです。
ここ、すごく大事なとこなので、線を引いておくよーに。
たとえば、企業。
わしが入社した1991年は、バブル最盛期。
言うまでもなく、現在の経済情勢とはまったく異なっていますよね。
でも、今会社を動かしている50歳台の世代は、この当時を経験しているため、根本的に変化することが出来ません。(全員が全員、ではありませんが)
人間、そうそう急に変化することなんて出来ませんから。
ということは、企業特に大きな会社は、大いなる自己矛盾を抱えているのです。
たとえば、家族。
昔は、三世代同居がごくあたりまえのスタイルでした。(サザエさんがよい例)
私が子供の頃は4人家族の核家族でしたが、周りの大人が極端に少ない中で育てられたこと自体、結果的にプラスではなかった感じがしています。
今は、一つの家族がもっと少ない単位になってます。
一人っ子だったり、母子家庭だったり、シングルだったり。
たとえば、価値観。
昔は、「もったいない」という感覚が常識として根付いていました。今はどうでしょう?
「みっともない」とか「恥ずかしい」とかそういった、日本人の感覚がずいぶん変わってきています。
これらの例は、いい・悪いで判断できるものはありません。
どうしようもなく変わってきていることだと理解することです。
そして、この変化は今後さらにいっそう私たちを翻弄していくことでしょう。
さて
話を戻すと、
昔は「変化しないことがあたりまえ」=「変化は悪」
今は「変化することがあたりまえ」=「変化は善悪で捉えるものではない」
というふうに「変化に対する常識感覚」が大きく変わってきているのです。
そんな時代をたくましく生き抜くことが出来るツールこそ、NLPだとわしは思っています。
NLPの学びがもたらす最大のメリットは
自分の軸が一本すうっと通ること
だと、わしは思っています。
自分軸があれば、ブレません。迷いません。
だからブレない人・迷わない人は、とりあえずNLPを知らなくても幸せに生きられる可能性があります。
でも、わしのように、生きる意味とか、何を信じたらいいのか判らなくなったりとか、人生を有意義にしたいとか、ひたすら虚しくて困ったとか、そんな心に重荷を持っている人にとって、NLPはとても有効かつ強力なツールとして威力を発揮します。
そして今の世の中、そうした心の闇を抱えた人がすごくたくさんいると思うのです。
長くなりましたが、わしがNLPを起業のテーマにしたのは、これは時代が要請している分野だと考えたからです。
ドラッカーは
すでに起こった未来
という簡潔な言葉でビジネスに対する着眼点を表しましたが、NLPの学びはわしにとって正に「すでに起こった未来」なのです。
NLPとは心理学と言語学を融合・応用した新しい(といっても数十年ですが)分野です。
そしてNLPプロモーターとは、まだ日本では一般的に知れ渡っていないNLPを皆さんの日常生活で役立てるように普及・促進していく人間です。
どうぞよろしくお願いします。
起業しようと思い立って早3年以上になりますが、いまだにお金を稼ぐまでに至っておりません。
このあたりの紆余曲折はおいおい語っていきますが、今日は端折りまして・・・
今わしは【NLP】を起業のテーマとしてはっきりと決めています。
なぜNLPを起業のテーマにしたのか?
今日はここらへんについて触れていきたいと思います。
今から約半年前、ひょんなことでNLPを知りまして、株式会社NLPフィールドのプラクティショナーコースを受講するご縁に恵まれました。
ビジネスパーソンとして、あるいは一個の大人として、自分自身のコミュニケーション能力について行き詰まりを感じていたことが、このコースを受講する動機になったワケですが、この学びの場で得られたことは大変素晴らしく、まさに目からウロコの連続でした。
いったいどれだけわしの目からウロコが剥がれ落ちたことか・・・
おかげで目ン玉の皮がそーとー薄くなりました。
今、世の中は大きく変化しています。
ものすごい変化です。
少し前までは、変わらないのがあたりまえだったのが、今は変わることがあたりまえになっているんです。
ここ、すごく大事なとこなので、線を引いておくよーに。
たとえば、企業。
わしが入社した1991年は、バブル最盛期。
言うまでもなく、現在の経済情勢とはまったく異なっていますよね。
でも、今会社を動かしている50歳台の世代は、この当時を経験しているため、根本的に変化することが出来ません。(全員が全員、ではありませんが)
人間、そうそう急に変化することなんて出来ませんから。
ということは、企業特に大きな会社は、大いなる自己矛盾を抱えているのです。
たとえば、家族。
昔は、三世代同居がごくあたりまえのスタイルでした。(サザエさんがよい例)
私が子供の頃は4人家族の核家族でしたが、周りの大人が極端に少ない中で育てられたこと自体、結果的にプラスではなかった感じがしています。
今は、一つの家族がもっと少ない単位になってます。
一人っ子だったり、母子家庭だったり、シングルだったり。
たとえば、価値観。
昔は、「もったいない」という感覚が常識として根付いていました。今はどうでしょう?
「みっともない」とか「恥ずかしい」とかそういった、日本人の感覚がずいぶん変わってきています。
これらの例は、いい・悪いで判断できるものはありません。
どうしようもなく変わってきていることだと理解することです。
そして、この変化は今後さらにいっそう私たちを翻弄していくことでしょう。
さて
話を戻すと、
昔は「変化しないことがあたりまえ」=「変化は悪」
今は「変化することがあたりまえ」=「変化は善悪で捉えるものではない」
というふうに「変化に対する常識感覚」が大きく変わってきているのです。
そんな時代をたくましく生き抜くことが出来るツールこそ、NLPだとわしは思っています。
NLPの学びがもたらす最大のメリットは
自分の軸が一本すうっと通ること
だと、わしは思っています。
自分軸があれば、ブレません。迷いません。
だからブレない人・迷わない人は、とりあえずNLPを知らなくても幸せに生きられる可能性があります。
でも、わしのように、生きる意味とか、何を信じたらいいのか判らなくなったりとか、人生を有意義にしたいとか、ひたすら虚しくて困ったとか、そんな心に重荷を持っている人にとって、NLPはとても有効かつ強力なツールとして威力を発揮します。
そして今の世の中、そうした心の闇を抱えた人がすごくたくさんいると思うのです。
長くなりましたが、わしがNLPを起業のテーマにしたのは、これは時代が要請している分野だと考えたからです。
ドラッカーは
すでに起こった未来
という簡潔な言葉でビジネスに対する着眼点を表しましたが、NLPの学びはわしにとって正に「すでに起こった未来」なのです。
NLPとは心理学と言語学を融合・応用した新しい(といっても数十年ですが)分野です。
そしてNLPプロモーターとは、まだ日本では一般的に知れ渡っていないNLPを皆さんの日常生活で役立てるように普及・促進していく人間です。
どうぞよろしくお願いします。