26-5-25(月)

 今年も昼間は夏日(最高気温25度以上)となる日が増えてきた。今日もデニーズ大船店に来てこうして原稿を書いている。(もっとも家ではまだクーラーは一度も使っていないので、避暑地、鎌倉では暑いと言ってもたかが知れている。)一方で脊柱管狭窄症による足の痺れと冷えが酷く、朝晩はまだハロゲン・ヒーターのお世話になっている。夏はこのファミリー・レストランに来て仕事(私の場合、仕事と言うのはほとんど原稿か書類を書いているのであるが)をすればいいとたかをくくっていたが、その計画が大きく崩れる日がとうとうやってきた。

 来月の5日をもって、デニーズ大船店は閉店になる。

 現在、昼食時と言うこともあってか、お店はお客さんでいっぱいである。したがって経営不振と言うことはあり得ず、単にここの土地の所有権がどうこうと言うことが問題で立ち退きを迫られている(らしい、これは単なるうわさであって、公式な発表ではないので、事実の確認のしようがない)。

 相談室の近くのこの居心地の良い店を仕事場にしてどれくらいになるであろうか?かつて長島総一郎さん(カトリック・インテリグループ隊長。名著『日本史の中のキリスト教』(中公新書)その他著書多数。)にここに連れてきてもらった記憶がある。彼は私をカトリックの信者にして、自分が代父になるという壮大な計画があったらしい。彼は大船教会では新参者であった私を(カトリック教会は一般に閉鎖的で、新参者に対する配慮がほとんどない)インテリグループに誘ってくれたなど、相当に私を買ってくれていた。「君なんか僕から見れば青年みたいなものだ」「君のように前途洋々たる若者がうらやましい」など長島さんのことを思い出すと懐かしい思い出がいくらでもあるが、今日はデニーズ大船店のことを書く。

 相談室の昨年の大改造によって、第一相談室の居心地は格段に良くなったが、何にしても北鎌倉心理相談室にいると誘惑が多いので、気分を変えて仕事に集中するためには喫茶店やファミリー・レストランに行くのがいい。こういう形でカフェに籠っている人は私だけではなく、このレストランにもいつの間にかテーブル毎にコンセントがついていた。(マックドナルドやヴィレッジ・カフェなど各席にコンセントがついている食堂(?)はコロナか以後、非常に増えている。)

 話しは変わるが、ぎっくり腰を患って以来お世話になっている整体師の若い女性の方は〇〇県の出身であるらしいが、高校時代には、ファミリー・レストラン(スターバックス?)にみんなで集まって勉強会をしていたそうである。それはそれで感心なことであるが、実際には「みんなでカフェに来て、おしゃべりしていると、なんだか大人になったようで楽しかった」とカフェに集まること自体が自己目的化しており、勉強をしていたのかどうかは定かではない。大船駅や逗子駅の駅前のマックドナルドなどでも良く高校生(中学生?)が勉強(?)をしているのを見かけるが、要は早く大人になりたいのであろう、ちょっと見れば解るが勉強などしていないで学校の先生の悪口や男子生徒の話しで盛り上がっている。私も高校時代に不良な文學仲間と喫茶店に入って人生・文学・哲学・宗教に関する話しを飽きもせずにしていたが、当時はセーラー服では喫茶店に入れなかったので(タバコの煙が酷かったのか校則で禁じられていたのか良く覚えていないが)女子高校生はいなかったような記憶がある。こういう喫茶店の在り方に革命を起こしたのは1990年代、スターバックスが全国のあちこちに出来て以来らしい。

 高校生とは話しが変わるが、80年代には「談話室・滝沢」と言う超高級喫茶店が新宿、池袋、お茶の水などにあった。この店は、確かコーヒーも紅茶もミルクも皆一律千円と言う破格な高値であった。かといってぼっているというわけでなく、百円くらい支払うとケーキをセットにして提供してくれた。この喫茶店の真の狙いは「学生たちの議論」のための場を提供することもあるが、当時のビジネスマンが落ち着いて商談をするための場を都心の便利な場所に提供する、と言うことであったので、一杯千円と言うのは要は場所代であったのである。当時上智大學の大學院に通う傍ら、東京医科歯科大學の精神医学研究会にも所属していた。精神医学研究会で死闘のような激論をした後、「談話室・滝沢」お茶の水店に流れてそこでもまた死闘(?)の第二ラウンドをしていた。今でもそうかもしれないが、精神医学の医局に入るような学生は学卒(一度大學を卒業した後、もう一度医学部に入り直す)と言う人が多かった。今では東京工業大学と合併して、「東京科学大学」と言う全くネーミング・センスのない大学名になって非常に残念である。

 話しを戻すが、公認心理師の試験勉強も、心理學検定一級の試験勉強もデニーズ大船店でしたので、このファミリー・レストランには結構恩義がある。それと夏の暑い日は朝の「ドリンクバーつき」のセットを頼んで一日中ここで何かしていた。勉強や読書をしていたのかどうか覚えていないが、相談室でセッションがない場合、ここにいると冷房代が浮いた。コロナ禍以前は割合多くの女子高校生が女給のアルバイトをしていたが、その後店舗の方針が変わったらしく、最近では主婦のアルバイトの方が多いようである。

 そういう思い出もあと半月ほどである。この夏はまた別の勉強部屋をさがさなければならないが、かつて「談話室・滝沢」のことを思い出話しとして語るように、デニーズ大船店のことを語る時期がいずれ来るだろう。