26-2-8(日)
ひどく寒い、スマホで気温を確認するとこの鎌倉市では氷点下を切っている。私が確認した限りでは今年に入って6日目の真冬日である。しかし鎌倉はまだましで、もっと寒い地域は日本中のあちこちにある。現在午前6時。日本の将来を決める大きな選挙の投票はあと1時間で始まる。日本では雪のピークの日に大きな政変がある(らしい)、桜田門外の変、2・26事件、いずれも雪の降る日に行われている。
ここのところ漸く午前6時頃起きる生活に生活を戻したが、無意識的には大きな政変を感じているのだろう、今朝は3時に起きてしまった。果たして選挙で國が変わるのだろうか?故・赤尾敏(大日本愛國党)のように「何度選挙をやっても日本は良くならない。だから選挙なんて止めてしまえ!」と選挙公報で述べている人もいた。確かに短期的に見た場合、選挙では政治大きくは変わらない。今回自民党が300を超す議席を取ってもそれですぐにどうこうと言うことにはならないだろう。ただ、10年、20年と言う大きなスパンで見ると國は変わる。
先日ある医者(循環器内科専攻)と政治の話しをした、彼女からは定期的に抗圧剤を巻き上げているので、診察は1分で終わるのであるが、彼女もそれでは申し訳ないと思うらしく、10分くらい世間話をして帰ってくることにしている。「半世紀生きてきて(彼女と私は大体同世代である)社会は変わりましたかね?」「そうね、生きにくくなったというか」「何だか絶えず監視されているようで、怖い世の中になった」(彼女の目の前には病院のCPU(?)につながっている電子カルテが彼女を監視している。まさに『2001年宇宙の旅』の世界である。私が生きている間に着々と進行した「言論統制社会」は大体ジョージ・オーウェルの『1984』に書かれてある通りに進んでいる。)今回高市自民党が勝って、愚民・賤民どもは食料品にかかる消費税が減税されて歓喜するだろう、パンとサーカス、パンとサーカス。
選挙が公示された1月23日(金)に私は永田まりな(自民党)の事務所に遊びに行った、敵は早稲田ゆき(立憲民主党、現在の中道なんとか党)だそう、女の戦いで面白いかもしれない。ただし早稲田ゆきは現在3連勝で8年議席を守っている、かなりの強敵だ。「ぶれない早稲田、リベラル結集!」とか言っていた癖にとうとう公明党(悪魔)に魂を売った、信念のない人だ。単純にルッキズムで見た場合、この2人のどちらが上かはあまりに明白であろうから、p.c.派に叩かれないため敢て書かない。(ちなみに早稲田ゆきは早稲田大学を出ているそうである。あきれるほどどうでもいい話しであるが)。この時点では永田まりなが早稲田ゆきに勝つのは難しい状態であった。ただ選挙戦が進むにつれて、公明党に対する国民の不信感が顕在化し、同時に中道なんとかの不人気もはっきりしてきた。立憲民主党の場合「リベラル」「護憲」「平和」「福祉・社会保障」くらいしか売りがなく、それをかなぐり捨てて公明党と汚い手を組んだのは完全に失敗であった。大体野田・斉藤両代表の表情が良くない。高市さんは(作り笑いであったにしても)いつも笑っているのに、野田はつねに不満そうな顔をしている、ルッキズムで言ってもこの“中道なんとか”は旧リベラル勢力からも公明党からもそっぽを向かれ、大敗だ、最終的にどれくらい議席が減るだろうか。(ただ、高市さんに忠告しておくが、無理な作り笑いと言うのは時として非常に醜くゆがんでみえる。私も今年に入ってから何とかそれで凌いでいたが、だんだんメッキがはがれてきた。母を見舞ってくれたN生命の女の子が先日「明るく社交的な大堀様が、どうかされましたか?」と変なメールをくれたのをみても、もうそろそろ限界だろう。)
真面目な話しに戻すが、選挙が公示された頃は、自民・維新でどうにか過半数をとれれば御の字と思っていたが、選挙戦が進むにつれて自民党が地滑り的に勝利することがほぼ確実になり、国民は与党に300議席を与えることとなった。私の選挙区でも終盤では永田まりなが早稲田ゆきに勝てるのではないか、と言う空気が事務所に流れてきていた。
息苦しい「言論統制社会」は、ますます進んでいくであろうが、私は物書きとしてこれを放置しておくことは出来ない。私の出来ること、それは「降伏の拒否」あるのみ。しかし私に出来ることは、せいぜいクエーサー出版から本を出して、p.c.派の社会的生命を葬ることくらいであるが、それでも後世にはいくらか私に感謝してくれる人もいることだろう。
(この記事は2月8日の早朝に書かれたものである。この時間に公開するのはルール違反であるらしいので、午後8時まで待つことにした。予想の精度が正しすぎるのはそれはそれでつまらないもので、昭和時代の選挙速報を見ていたものにとってはなんとなく物足りない。午後9時半頃になって、顔面蒼白な政党の党首の顔と、喜色満面な党首の顔を見て楽しむのは、令和の人には解らないかもしれない。)
(血液の癌、にかかっている山本太郎が終盤戦になって不調をおして選挙演説に駆け付けたのには感動した。私は彼と話した時に全く思想はあわず決別したが、人間はその生死をかけてまでもやらなければならない時には召命を全うすべきである。今回の私のブログも似たようなものなので、敵味方別れて闘うことになったにしても、彼にはある種のシンパシーを感じている。)