昨日は薄曇りだったが今日はすっかり秋の空。

桜島が爆発したのだが南側に流れているようだ。

雲がゆっくり流れている。

 

スイフヨウ、ようやくほろ酔いニヤリ

 

昨日川口のNさんのハクサイを見た。それはボロボロに食い尽くされて真ん中辺りの繊維が辛うじて残っているものでとてもモノになりそうなものではなかった。大体植物は外葉が茶色では生育ができない。

 

家のハクサイを見てみると、まだまだ小さな黒っぽいイモムシ(カブラハバチの幼虫)がいた。

小さな虫で手で触れると何処に行ったか分からなくなるので始末に負えない。

とにかくそこら辺りはアブラナ科の野菜のオンパレードなのでどうしようもない。

 

今虫が中に入って齧られたらオワリなので、最後にもう一回薬をかけて置こう。

 

薬はかけたくないのだがモノにするためには仕方がない。今まで一回フェニックスをかけたが結構外葉に薬害も出た。薬をかけなかったら多分網の目状態のスカスカになる。フェニックスはもうかけない。今度はトレボンをかけておこう。残効性のこともあるのでこれで最後とする。

 

ツバキの花が落ちていた。以前から落ちているような感じだ。

『初嵐』だった。

 

まあこちらはツバキの"初嵐"で何ということもないのだが、今年程風に泣かされた年もないのではなかろうか?

 どうも気候や自然が変わってきているのだと思う。

人為災害か自然災害かと言われれば構造物などは後から作ってきた人為的なもので、それがなければどうなっていたのだろうとも考える。災害が起きないようにするために一時的にダムで堰き止めたりや川の護岸を高くすることは間違いではないだろう。しかし河川の流量の調整がうまく行かないことを想定外の事が起こったと言うように説明する。

 つまり人間の力では説明できなくなると想定外という風に逃げる訳だ。 想定外はハナシにもならない。そもそも安全係数などという構造計算の根拠があやしい。

数字自体人が作ったもので、挙句の果てに想定外の力が加わったという事で何もかもご破算にしてしまうのだ。まあ一種の逃げだ。

 集中豪雨がそれに輪を掛ける。何かに責任を負わせたいという心理も解らぬではないが、今そこに居てそのような状況にあるのはある意味宿命を意味する。それはそこに住みそこで生きながらえてきた一筋の道である。

 命がまだ繋がってる。どうか頑張って欲しい。

 

リブログ

発心一休ダウン

https://ameblo.jp/binocentury/entry-12467228944.html

 

オリジナル『発心一休』はまだツボミショボーン。しかしもうすぐ咲きそうな感じだ。

 

まあ何と言う事もない我が家。ベタベタとそこら辺りに鉢を置いている

 

キツネノカミソリとその自然交配種と思しきものを観察する。

そんなに目立った動きがある訳でもない。いつもの行動は習性に近いニヒヒ

 

TG-5で撮影…。こちらには月日が入らない。

以下余談です・・・。

昔市役所でヤカマシイ奴が居た。

⑴工事黒板の月日。

 工事では黒板を入れて説明して写す。黒板の説明書きの一番下段に月日にを入れる。

⑵写真の中に月日。

 写真アルバムにしてそれらを打ち出した時写真に写っている月日のこと。

⑶写真説明の月日。

 アルバムにして提出する訳だが、写真の横に説明書きを入れる。

つまりこの三つの月日が揃っていないとけないというのだった。

市がまだ紙ベース時代の事で国交省では考えられないがそんな技士もいた。

そう言えばそろそろ定年の頃だと思うのだが・・・ウシシ

 

さて、ハナシは

キツネノカミソリ。

芽が動いているのか動いていないのかそれさえも分からない。

 

交配種と思われるモノ。

 

こちらは気のせいかいくらか伸びたような気がする。芽の大きさも違う。