記録II−①
2月半ばに 装具や杖 真冬のコートに🧥ムートンブーツ🥾で狭いミニワンに 押し込められ
無事退院してきた私。
この時は まだ 骨折を治せばいいんだ!
と 私も 家族も 「良かった!よかった!何たべたいん? ビール🍻で乾杯する?」
「先ずは、タバコで 🚬 一服してから考えるわ〜」
という 危機感のない1日目。
息子には不自由させていたので
次の朝には お弁当も作り 週明けには 長くお世話になっている 整形外科の先生に 診察!
前の治療法には触れず 三ノ宮の病院で MRIと 骨粗鬆の検査を いそいでしてくるように言われた。
腰が痛くて動けないから 助けてくれぇ〜と
慣れた先生たがら 言い続けました。
三ノ宮に検査に行った日も 雪降ってたなぁ〜☃️
意地悪されてる訳ではないのだけど
検査台にのるのに 悲しいくらいの痛さ😭
ツルツル滑る検査台に骨折して力の入らない体をジッとさせるのは
拷問かと思っても 仕方ないよね
2人で介助してくれても 涙が出て仕方ないほど
いたかった
この日から 本格的にな 骨の傷みとの戦いが 始まった。
あっという間に 作るどころか
夜は息子に寝かせてもらい
朝は 息子に 抱き起こして貰う 日が始まってしまうのです。
家の中でも 勿論杖にたよっての
やっとの歩行です
ロキソニンでは 頼りなく
ボルタレンのお世話になり始めていました。
3月の半ばあたりに 傷みの ピークが来るとも知らずに。
今、思い出しても 腰や背中が ジンジンと 傷みます。

