ヒッパレー~♪ ヒッパレー~♪ ど~んど~んヒッパレー♪
(会見するオシム監督(左)と千葉・淀川社長=千葉・市原市内で)
オシム氏、日本代表監督就任前向き…千葉側は難色
FW巻と握手するオシム監督(千葉・市原市の練習場で) 日本代表の次期監督への就任が確実視されているJ1・千葉のイビチャ・オシム監督(65)が29日、再来日し、千葉の淀川隆博社長らクラブ幹部と今後について協議を行った。
オシム監督は、就任に前向きな姿勢を示したものの、今季終了までの契約期間中の代表監督就任に難色を示すクラブ側にも配慮を見せ、この日は結論を出さずに、近く日本サッカー協会も交えた三者で話し合いを行った上で、今後の方針を決めることを確認した。
協議は千葉市内で、約1時間行われた。オシム監督はその後の会見で、「代表監督をやることは特別な挑戦。それに、私がクラブ監督を続けたから、また(千葉で)良い結果が出るとは限らない」と、代表監督就任に強い意欲を見せた。ただ、「一人で決断してもいいが、一緒にやってきた3年間は長い。簡単に結論は出せない」とも語り、複雑な心境をのぞかせた。
一方、淀川社長は、サポーターからオシム体制の継続を望む声が多く寄せられていることなどを挙げ、「オシム監督だから、チームが向上していると思っている」と語り、引き続きクラブに残るよう求める姿勢を示した。クラブと代表の監督兼務については、オシム監督は「難しいことだ」と否定的な見解を述べ、淀川社長も、「現実的でない」と認めない意向を示した。
千葉は30日から7月6日まで、岐阜県内でキャンプを行う予定で、淀川社長は「日本サッカー協会の田嶋技術委員長が近く帰国すると聞いた。キャンプ地で話し合うことになるだろう」と話した。
(2006年6月29日22時41分 読売新聞)
千葉の社長さん奮闘しております。
今JFAに対して一番強気でもの申せる立場なのはオシム爺でなく淀川社長。
25日には次期監督にはオシムの息子アマルコーチの監督昇格まで言ってたわけだから、ここまでごねるということはJFA側が千葉の現スタッフ、コーチまでごっそり引き抜こうとしているということなのでしょうかねえ?
それとも、JEFのサポーターには最大限慰留したんだよというパフォーマンスなのか?
いやいや、勝手にJFAがポロリ騒動を起こしたんだから、仁義を切れ(違約金を払え)ということでもあるのかな?
川淵はまさか自らがOB的な立場であるJEF千葉からここまで抵抗されるとは思ってなかったのではないでしょうか?
まあ、違約金は考えないといけないような発言は川淵もしてますけどね。
ただ、過去のネルシーニョ事件や「ヴェンゲルは高すぎるからいらない」発言など川淵は金の話が出てくると途端にソッポを向くところがあるので、千葉の出方によって今後川淵がどう反応してくるか興味津々。
【参考】
古河電気工業サッカー部
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8F%A4%E6%B2%B3%E9%9B%BB%E6%B0%97%E5%B7%A5%E6%A5%AD%E3%82%B5%E3%83%83%E3%82%AB%E3%83%BC%E9%83%A8
古河電気工業サッカー部(ふるかわでんきこうぎょうさっかーぶ)は古河電気工業のサッカー部。
創部は1946年。呼称は「古河」。
1965年から始まった日本サッカーリーグに開幕時から参加していおり、その後1991年に日本サッカーリーグの幕が下ろされるまで、27シーズンに渡って下部リーグに降格しなかった唯一のチームである。1991年にJR東日本と合弁で、クラブチーム・東日本JR古河サッカークラブと名称を変更。Jリーグジェフユナイテッド市原・千葉の前身。
長沼健らが在籍したため日本サッカー協会、日本サッカーリーグの意思決定に非常に強い影響力をもち続け、三菱(現浦和レッズ)、日立(現柏レイソル)と併せて丸の内御三家と呼ばれていた。
古河電気工業サッカー部に所属した主な選手
長沼健
平木隆三
八重樫茂生
宮本征勝
川淵三郎
木之本興三
永井良和
清雲栄純
岡田武史
奥寺康彦
桑原隆
田嶋幸三
高橋武夫
前田秀樹
このほかにプレーヤーの経験は無いが、サッカー部の運営委員を務めた小倉純二がいる。
オシム日本誕生へ千葉後押し
千葉が日本代表監督への就任要請を受けているイビチャ・オシム監督(65)をバックアップする。千葉の淀川隆博社長(55)は25日、日本サッカー協会の代表監督への就任要請に理解を示し、今後就任が決定した場合、兼任ではなく、今季後半戦を長男のアマル・オシムコーチ(38)を監督に昇格させて戦う方向性を示した。
オシム監督への日本代表監督要請を、千葉が容認した。淀川社長は「オシム監督の意思を尊重することが第1」とした上で「ジェフとしては(同監督に)出て行かれると痛いが、日本のサッカーを考えると仕方がないという部分もある。気持ちは半分半分」と話した。仮に同監督が代表監督に就任した場合は「(千葉の監督は)アマル・コーチに交代して、はっきりした形で(後半戦を)戦った方がいいと思う」と話した。
前日の日本協会川淵キャプテンの突然の発表は想定外だったという。「後から電話がかかってきて『話してしまった。申し訳ない』と言われたから驚いた」と振り返る。ただ、W杯前には打診があり、オシム監督には自ら「近々、正式オファーがある」と伝えた経緯もある。淀川社長は「世界的な知名度もあるし、日本でも素晴らしい監督として知れ渡っている。今はあの人が1番ということでしょう」と協会の考えにはある程度の理解を示した。
ただしコーチやクラブのスタッフなどをオシム監督とともに代表に送り出すことには難色を示した。「チームがガタガタになってしまうからね。その辺は監督も分かっていると思うし、性格的にもそういうこと(引き抜き)はしないはず」と言う。千葉への影響を極力少なくしたい意向のオシム監督と、同監督の周囲もともに招聘(しょうへい)したい協会側との思惑は完全には一致しない。細部の詰めで監督就任決定に時間がかかる可能性も残っている。
[2006年6月26日9時49分 日刊スポーツ紙面から]
淀川隆博氏
ジェフユナイテッド市原・千葉(法人目:(株)東日本ジェイアール古河サッカークラブ)代表取締役社長(04年4月~)。
1951年03月04日生まれの55歳。
学生日本代表GKの経歴を持ち、古河電工では営業畑で働いていた模様。
名前で検索して出てきた記事ではこんくらいしか載ってませんでした。
