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ソウル暮らし~世界4分の1

98年に韓国語を始めて早22年。韓国ソウル生活通算15年。韓旦那に娘と黒柴の4人でソウルの無駄に広い公園から移動してソウルの端っこで生息中。

恐らく初めてくらいのレベルで

 

長期帰国だったので

 

仕事の機材←とかいうとYouTuberみたいw

 

 

盛大に持って帰ってきています。

 

 

ノートPCを始め、キーボードやらスタンドに

各種デバイスが多すぎゲローの上に

 

甘口女王のオンライン学習のタブレットやswitchも。

 

実家の2階は障害物(ドアに壁に)が多くて

WiFiの電波が遅くなるので

 

激辛王子が用意してくれた

中継器とケーブルとか、もうあれやこれやと笑い泣き

 

 

 

年始数日は依頼がお休みだったのに

 

コロナ陽性確定日に限って

 

 

仕事の依頼がやってきました真顔

 

 

レギュラーの依頼はいつも通りこなせばどうにかなると思って

 

翌日38度の熱の中

 

 

仕事しましたわw

 

 

 

昭和のサラリーマンかいなっ←いや平成?

 

 

イレギュラーの依頼はさすがにお断りしましたふとん1ふとん2

 

 

そこは無理やったわ、さすがに真顔

 

 

それでも、隔離中も

 

甘口女王と24時間一緒に過ごしながらも

 

仕事をこなす

 

 

 

昭和の私、すごいわw

 

 

2階にトイレ新設しといてよかった~

 

 

で、このトイレなんですが

 

 

私、18で実家をでてから

実家で暮らすということがほぼなかったので

他人の家みたいなんですよね。

 

で、夏に10日間いたときも

 

もう、他人の家にいることがストレスフルでチーン

 

 

この冬は1か月以上を予定していたので

どうしようと。

 

 

まず

賃貸を探したら

2か月ほどで20万円以上。

 

だったら、離れの古民家のトイレを改築してそっちに滞在しようとしたら

 

ばあばに

 

2階にトイレ作るほうがよくない?と言われたんです。

 

離れはトイレもトイレだけど、部屋も広すぎてエアコンもつけていない

トイレも配管引くのが遠くてかなり高額の予想

 

 

 

そもそも2階の何が嫌って

 

じいじのトイレが長いし、一緒に使うことに拒否反応

 

 

日中夜問わず甘口女王に何度も1階のトイレに行かされるのも苦痛

(怖いからついてこいコマンド)

 

深夜だと1階で寝ている両親にも迷惑だろうななんて、色々考慮をしたわけです。

 

しかもソウル暮らしでトイレは二つが当たり前の暮らしをしていると

家族とトイレを共有することに拒否感満載真顔

 

 

とはいえ

とりあえず

2階と離れのトイレとの見積もりをとってもらうことにしました。

 

 

でも、見積もりの結果について

なかなかこの件の連絡がなかったので

(バアバも妹からも何ら連絡がないし、聞いてもまだ見積もりがこないといわれていた)

 

もう、1か月だけ短縮滞在にして今回は我慢しようかなと

 

ばあばも作る気がないんやろうな・・とあきらめてたんですよ。

 

しかも、この次にまた長期滞在するかどうかもわからないし。

今回だけで終わるならトイレ不要だしなあとも。

 

 

見積もりとって、私が自費でできる範囲ならやろうと思ってたんですけどね。

 

 

 

結果・・・

 

帰国して家に着いたら2階にトイレが新設されてましたポーン

 

そのお値段

 

60万円

 

 

 

いや、20~30万円くらいなら、賃貸で住むのとかわらないから作ろうとしてたけど

 

 

予想額の2倍アセアセ

 

 

しかも

 

ばあばとじいじが出すから、姉ちゃんには内緒にしておいてと

妹はバアバに口止めされていたそうです。

 

 

そういうことがあって

 

帰ってきたら

ちょうど隔離生活になり

 

トイレ万歳となりましたw

 

 

ただ、こういうことをなぜ隠したりして

勝手に判断してお金使うんだろう・・・

 

こういう家族不和がストレスの原因になっていくんですけどね真顔

 

解せぬ・・・

去年の今頃は

ソウルで

「副鼻腔炎」と「扁桃腺炎」で1か月ほど苦しんでしましたが

 

今回は

実家の片田舎で

コロナで高熱の後

やっぱり

「副鼻腔炎」と「扁桃腺炎」が延々と続いています。

 

 

体、弱いねん絶望

 

 

さて、コロナ陽性確定の日

 

朝は38度だったのですが、解熱剤を飲んだにも関わらず

気が付くと

39.8度。

 

40まであと一歩気づき

 

 

それでも、私、鼻水と咳よりは高熱のほうが楽なんですよね。

寝られるし。

 

扁桃腺炎のほうがきついんですよドクロ

寝られない、あばら痛い、息できない

 

それはコロナ後にやってきますが真顔

 

 

 

今回は高熱が先でした。

 

 

パンデミック前に40度の熱を出した日は

ソウルの近所の大学病院で注射一本打ってもらって

35度まで一気にさがった思い出がありますが。

 

今回はそういうわけにいかないので

とりあえず、薬よりは寝てよう・・

 

 

隣の布団でやっぱり39度近く熱をだした甘口女王と二人で

ひたすら就寝。

 

 

翌日は38度まで下がりましたが

完全に熱がさがったのは3日目

 

2日間も熱が続いたのは久しぶりだな~という感じです。

 

 

甘口女王は39度でも38度でも元気でしたニヒヒ

 

ちょっと頭が痛いくらい・・で

 

暇だ~暇だ~泣き笑いと体温計を数分に一度額にあてて遊んでいる子を

 

なんとな寝かせてました笑い泣き

 

 

…若いって素晴らしいお願い

 

あ、ちなみに甘口女王はワクチン未接種です。

もう罹患したからえっか。

 

私は2回でやめました(リンパ痛を半年患ったので)

 

ワクチンの効果ってあったのかな?

 

 

 

私はといえば

 

コロナ感染でみられる症状の

 

 

すべてを網羅していましたがねw

 

全部よ?全部やったんだわw

 

 

 

 

比較的割合が低い

味覚、嗅覚もばっちりw

 

嗅覚はよく行方不明になる私ですが(副鼻腔炎はイコール嗅覚障害)

 

味覚はお初でw

 

 

イチゴをたべているのか、キャベツをたべているのかわかりませんw

 

午後の紅茶音符~といって飲んでも「水やんけドクロ

 

 

甘口女王がアイスクリームテストひらめきとか言って

 

目をつぶって

ハーゲンダッツのチョコと抹茶を食べ比べさせてくれましたが

 

 

全く区別がつきませんww

 

ハーゲンダッツなのに、もったいない泣

 

 

 

でも、人間て不思議なもので

 

 

見ながら食べてると

 

これはチョコなんだわ。

 

これはりんごなんだわ。

 

 

 

なんとなく、食感と「過去の記憶」でそれを食べているような気がしてくるんですよね。

 

でも、じっくり考えながら味わうと

 

 

「何の味もせえへんやんけ大あくび」というわけですw

 


それがコロナ3日目で

 

5日目くらいになると

「甘い」と「酸っぱい」は帰ってきました。

 

おかえりデレデレ

 

 

そのあと

 

塩辛い、辛い、うまみなんかは1週間たってからですねw

 

 

嗅覚は、1週間かかって、やっとおかえりです。

 

 

味覚障害は初めてだったのですが

 

いかに日頃から

 

食べ物を味わっていないかを痛感しました。

 

おいしい~とか言いながらも

たいして味なんてわかってなかったんだな。

 

胃にいれてしまえば、それでよかったんだな。

という気づきがありましたニヤニヤ

 

 

だって、なぜか、においも味もなくても、おいしく食べれたんですよw

 

おいしくというには語弊があるかもしれませんが

味覚障害ということを忘れて、普通に食べてたんですよね。

なんも考えずに。

味があるとかないとか、そもそも考えてない食事法

 

 

そういうわけで

1週間もしたら

甘口女王は庭を駆け回ってすこぶる元気な小学生になりましたが

 

 

 

 

いよいよ

鼻詰まりと扁桃腺炎の咳がひどくなってきました・・

 

コロナにかかると軽症という方々がいますが

 

軽症は軽症なんですね・・・

 

やっぱりコロナよりも

扁桃腺炎のほうが大変ゲロー

 

 

半月たっても、あばらを押さえつける咳と息苦しさが治りません

寝つけませんよチーン

 

 

きっと1か月コースニヒヒ

 

 

 

扁桃腺を丈夫にするワクチンが欲しい、今年ですニコニコ

 

ソウルにいる間は

 

全く無縁だった上に、入国時に逆に感染「させてしまってはいけない」と思って

わざわざ陰性証明までとって入国したにもかかわらず

 

実家でいただいてしまった私です。

 

うつす側じゃなくてうつされる側に予防

 

 

 

 

ちなみに

兄→じいじ→私→甘口女王

 

というのは明白で

 

最初に妖精になった兄と家の外で大工作業をしていたじいじがもらってきて

 

そのじいじと

デスクを組み立てていた私がもらい・・・という流れだったので

 

ばあばや、兄一家のこどもたちは無傷。

(兄嫁はさすがに兄からもらう)

 

 

私たちの入国時に

昼から晩まで一緒にご飯を食べて

長距離ノーマスクで車にいた

妹一家は

まったく感染しませんでした。

 

 

たった30分ほど一緒に家具を組み立てるだけでうつるって

 

感染力が想像以上笑い泣き

 

 

感染しないばあばにいたっては

 

じいじとどんだけ会話がないねん、な家族不和w

 

熊しっぽ熊からだ熊からだ熊からだ熊からだ熊あたま

 

というわけで

 

前回の話の続きですが・・・

 

 

陽性確定後、クリニックで薬をもらって家に帰ると

 

 

 

 

じいじが、倒れていましたゲロー

 

 

うつぶせで・・・

 

 

 

速攻、救急車です。

 

 

やっぱり高熱になっていて

(朝は微熱だからと病院行きを渋っていた頑固じじいドクロ)

 

 

意識はあったので

 

 

熱が上がり始めて

朝ごはんも食べられず麻痺してきた私は

意識あるなら大丈夫と、すぐに2階にあがって

 

 

私も、そのまま倒れこむ

 

上下階で大人が二人も倒れているので

 

ばあばも甘口女王も衝撃です絶望

 

 

私は、体調が悪い上に空腹だったので(苦笑)

 

いつもの過呼吸が襲ってきて、手足が麻痺ってきたので

 

横になったまま

 

買ってきたパンを吸入(苦笑)

 

私はいつものことやから、何か食べたらすぐ落ち着くから~と言うと

 

 

ばあばは

 

じいじの救急車救急車

 

 

救急車が来る頃には

私も大丈夫になっていたので

 

甘口女王に薬を飲ませて

2人で就寝

 

 

1階で救急隊員のやり取りが聞こえていましたが

そのまま爆睡の私と甘口女王

 

2時間ほどたったかな

 

 

起きたら

 

妹から

 

「ばあばに頼まれて、下で車の中で待機中。何かあったら窓から叫んで」

というライン

 

 

私に何かあったら大変なので

元気な妹が車でやってきて車内でバアバが帰ってくるのを待つという体制をとっていましたw

 

 

隣の兄夫婦も妖精なんでね、頼るに頼れずw

 

 

妹は2時間程車内でDVDを見て

 

バアバの帰宅と同時に帰っていきました

 

 

そんな彼女も、私との接触がギリギリあったため

隔離期間を付与されてました目

 

 

 

 

さて、じいじといえば

 

 

救急車に乗ったものの

 

すべての病院で拒否ポーン

 

PCRはしていないけど、家族が陽性なので恐らく陽性ですというわけで

 

ことごとく受け入れを拒否されたそうです。

 

で、仕方ないので

意識もあるし

とりあえず

救急車はそのまま帰り

 

バアバが車で病院に連れていき

薬をもらって自宅療養

 

65歳以上なので

アビガンやら酸素計測器や

保健所からの電話やら

 

じいじは色々ともらっておりました。

 

 

私と甘口女王は

薬を無料でいただけたくらいかな。

(国保をずっと払い続けていたおかげです)

 

 

 

さて

救急車に乗っても病院って拒否られるというのを目の当たりにした

 

コロナ禍

 

 

陽性の可能性があったから?

意識なかったら、どうするんやろ?

 

田舎はすでに医療崩壊でしたチーン

 

「今年日本の感染者数がピーク」だったあの週です。

 

 

実は、私が病院に行く時も

外来はことごとく電話で拒否られて

 

やっとみてくれるクリニックを探していったんですけどね。

 

 

これが、ソウルだったら

ふら~っといっても

かかりつけの耳鼻咽喉科でみてくれてたはずだし

あちこちにあるクリニックに歩いていけてるだろうな

 

 

田舎の恐ろしさを知りました。

 

 

と、まあ

バタバタの日でしたが

 

まだまだ続きます・・・