「その日東京駅五時二十五分発」/西川美和(新潮社)

終戦間際を描いているのに、戦争臭い表現もなく、出征した19歳の一兵士の
目から見た直接的体験でありながら、なぜか間接的視点で捉えられているように
感じた次第。
一兵士は通信隊に召集され、わずか3カ月の間に激変してしまった故郷。
「終戦(敗戦)」という国の最大事を彼は事前に知ることが許された。
焼け野原の東京から故郷広島に汽車で向かった。 そこにはまだ終戦を知らない、
これから避難する人たちも乗り込んでいた。 そして、汽車は途中停車して、
暫くの間動かなくなる。 そこで薄々わかってきたことは、その時点で玉音放送が
流れて、日本が事実上敗戦したということを全国民が知ることになる。
戦友というには直接敵国と戦っていない、敵の無線を傍受するのが任務だった
から、血を流して生死を顧みることもなく、たまたま帰りの汽車に乗り合わせた
子供に、ちょっと拝借してきた芋をあげるようなのんびりした風景。
広島だから、あの世界で唯一原爆を落とされた国のことを、ここではほとんど
触れずに、廃墟化した変わり果てた町として表現する。 何事も直視的でなく、
あくまで間接的視点でやり過ごしている。 しかしながら、それでいてしっかりと
静かな語り口で遠巻きに戦争の悲惨さを謳っている。
また、被爆後の広島で出会った火事場泥棒たちの話も、そこではクスッと笑える
話になっているのもくすぐったい感じだ。
実際に、これは彼女の広島に住む伯父さんにヒアリングしたそうだ。
そして偶然にも彼女はこれを執筆中に東日本大震災が起こったそうだ。
もし、彼女がこれを映画にするとしたら、どんな映画にしてくれるのか、
たとえば『父と暮らせば』的になるのだろうか・・・。
映画化されるならとても楽しみな映画となるなぁ。