「その気持ちを伝えるために」/八木亜希子(文芸春秋)

この本はフリーアナウンサーの八木さんの初の著書です。
彼女が社会に出てから、印象的な言葉をメモし続け、それが25年分で
分厚い手帳5冊になったそうです。
現在は逆に人生の先輩として、後輩にアドバイスをおくる立場になった彼女が、
この本を通じて、スランプや転機にきている人たちへのメッセージとして、
彼女の想い出と共に書き綴っています。
ご存知のように八木さんは昭和63年にフジTVに入社し、平成12年に退社。
平成14年に結婚し、その後、約4年間のアメリカ滞在を経験。
現在は「BSフジLIVE プライムニュース」などに出演している。
「あまちゃん」では女優としての裁量を見せ始めていましたね。
僕は観ていなかったですが、毎日観ていたかみさんは上手だと言ってました。
(その昔、三谷監督の「みんなのいえ(2001年)」に出演してましたが・・・)
先に読んだ阿川佐和子さんの「聞く力 心をひらく35のヒント」と同様、
ちょっと興味があり読んでみました。
様々なエピソードが紹介されているが、彼女がやはり立派なアナウンサーとしての
成長過程で、彼女自身が実践してきたことに意義がある言葉の数々だったと思う。
たとえば、それは・・・
【目次】
1 新入社員のころ―一九八八年入社。アナウンサーとしての心得を学んだ言葉。
2 伝えることの難しさ―ワイドショーの司会について、悩んでいた日々に
励まされた言葉。
3 創ることの大変さ―縦割りをやめて、各部暑が初めて合同で創った朝の
情報番組「めざましテレビ」。番組を創る中でハッとした言葉。
4 責任ある立場になって―後輩が増え、「スーパーニュース」で
メインキャスターを務めるようになり、心掛けた言葉。
5 伝えること、伝えられること―二〇〇〇年退社。
辞める時、フリーになってから、気づきをくれた言葉。
6 新しい世界へ―映画「みんなのいえ」や海外。
新しい世界へ向かう中で出会った言葉。
7 結婚するということ―夫婦という共同生活。 初心者の私が助けられた言葉。
8 海外で学ぶ―異国の地で、再び学んだ心理学で教えられた言葉。
9 再びの日本、再びの現場―久しぶりのテレビの現場。
戸惑うなかで心に留めた言葉。
10 ふたつの震災―阪神淡路大震災と東日本大震災。
スタジオで伝えながら感じた思い。
11 フリーとして―会社にいた年数より長くなったフリー生活。
ドラマ「あまちゃん」の現場で心に沁みた言葉。
○「廊下ですれちがう全員に挨拶しろ」
これは大学・フジTVで先輩の黒岩祐治氏(現神奈川県知事)から、入社当時に
言われた続けた言葉。
○「ステキな夫婦になってはいけない」という作家の曽野綾子さんの言葉。
彼女が一時期、“ステキな奥様像”を勝手に描いてしまい、自分で自分の首を
絞める結果となっていたと振り返っている。
○「自分の正当性を論理的に主張するより、感情を伝えた方が相手にも
伝わるし、相手も申し訳ないと思うもの」
アメリカで心理学を学んでいたときに、目から鱗が落ちた言葉。
○「5年経ったら、誰も何も言ってくれなくなる」
新人アナ時代に叱られて泣くことが多かったとき、先輩から言われた言葉。
この先輩からの言葉があったからこそ、彼女はアナウンサーを続けられたという
原点回帰の言葉。