
人生は長い散歩
愛がなければ歩けない。
■監督・原案 奥田瑛二
■脚本 桃山さくら、山室有紀子
■キャスト 緒形 拳、杉浦花菜、高岡早紀、松田翔太、原田貴和子、木内みどり、津川雅彦、奥田瑛二
□オフィシャルサイト 『長い散歩』
主人公の安田松太郎(緒形 拳)は、高校の校長を定年退職した厳格な教育者。 しかし、幸せな家庭を築けず、アルコール依存症だった妻(木内みどり)を亡くし、一人娘(原田貴和子)から憎しみをかっている。 人生に悔恨を背負ったそんな初老の男が妻の葬式を済ませた後、これまでの人生を清算するかのように質素なアパートに移り住む。 松太郎が引越したアパートの隣室に母親と二人で暮らしている5歳の少女、幸(杉浦花菜)と出会う。 ボール紙で作った擦り切れた羽根をいつも背中につけた地上の天使は、母親(高岡早紀)に虐待され、誰にも心を開けなくなっていた。 松太郎はある日、幸を救い出し、一緒に旅に出る。 行く先は、松太郎の遠い記憶の中にある心のユートピア。 青い空に白い雲がぽっかりと浮かび、大きな鳥が悠然と空を舞う、ある山の頂きだった。 しかし、幸の母親は娘が誘拐されたと、警察に届け出る。 捜査の網の目は次第に彼らを追い詰めていく…。
おススメ度 ⇒★★★ (5★満点、☆は0.5)
cyazの満足度⇒★★★☆
殺伐とした、そしてあまりにも非人道的な事件が続く現代。 この映画の本質は何が善で何が悪なのか。 奥田監督はそのあたりを強いメッセージではなく淡々と、役者緒形拳と片時も離さず背中に天使の羽根をつけている幸役杉浦花菜の、そう爺さんと孫との人生の中の僅かばかりの幸せ探しの旅だったのかもしれない。
いつも背中にボール紙の羽根を背負った少女。 彼女は幼稚園にすら行かせてもらえず、しかも母親からDVを受け、2F階段の踊場にすわり、ただ青い空や工場の煙突から出る白い煙を眺めている。
ボロボロになってもはずそうとしない背中の羽根は、父親がいなくなる前の、つかの間の幸せの「かたみ」のようなものだったからだ。
ほとんどセリフはなかったが、それでも撮影当時5歳の彼女は、名優緒形拳に負けず劣らずで、幼いながら難しい役をナチュラルに見せてくれた。
当たり前だけど幼くて色がない。 その色がないところが逆に心の中に投げ入れられた石の波紋を広げていく。
上手いとか下手とかじゃない、親の愛を受けないままに生きていく姿にただただ観ている側も手を差し伸べたくなる。
コーヒー牛乳とメロンパン、何だか新しいのか古いのかわからないけど、5歳の少女が母親からもらったお金で買える彼女なりのベストセレクトなのだろうか。
彼女のことを最近どこかで見たなぁと思ったら、ヤマザキの「ダブルソフト」のCMに出ていた。
緒形 拳は妻が亡くなったのは、まさしくその幸と母親の姿に、今まで校長という公的地位を家庭の中まで持ち込んでいた自分と対峙し、自分自身が今までにしてきたことへの懺悔と、今何が出来るかを自問自答しながら、未来に羽ばたく翼を持っている幸と彼女を本当の意味で羽ばたかせるために青い空を探す旅に出る。
一人娘は結婚していないのだろう、孫のような幸の扱いに最初は戸惑っていたが、次第に慣れていく不器用な男を悲哀に満ちて演じているところはさすがだと思う。
何よりも強く感じだことは、歳になった緒形 拳を奥田監督がよく走らせていることだ。 少し前の「さんまのまんま」にゲストで出た奥田監督は自身が撮影を振り返り、緒形 拳に「何を~」と睨まれながらも御大を腰を上げさせたという。
奥田監督自身も刑事役で走るシーンがあったが、年老いた緒形 拳の方がしっかり走っていたと思う(笑)。
旅の途中でバックパッカーの青年ワタル(松田翔太)と名乗る青年と会う。 旅は3人になる。 子供の扱いを全くわからない安田だったが、ワタルはすぐに幸の硬くなった心をほぐし優しくつかんでしまう。 ただ彼もまた過去を清算するが如く、死に場所を探していた。 たまたまその道程で出会い、短い時間ながら心通い合わせたことで、吹っ切れたように自ら拳銃で頭を撃ちぬく。 最後に笑って「ありがとう。」と言う笑顔は、今までワタルが生きてきた中で最高の笑顔であったに違いない。
ワタル役の松田翔太。 松田優作の次男である。 優作の遺伝子は兄の龍平とともに間違いなく活きているように感じる一瞬だった。
母親役の高岡早紀は最近こういう役が多くなってきたように思う。 映画にしてもTVにしても・・・。 僕にとってはこんなイメージではなかったんだけどなぁ。 先日書いた映画版『東京タワー オカンとボクと、時々、オトン』のメガホンを撮る松岡錠司監督の初期の作品、『バタアシ金魚』のソノコのピュアなイメージが強い。 使う側にも問題はあると思うのだが、少し作品を選んで欲しい気がする。
その母親役の高岡早紀が言ったセリフのなかに一喝を受けた言葉があった。
「自分が母親に育てられたように自分の子を育てて何が悪い。」
というセリフに、何かやるせない現代のほんの一握りの母親像を思い浮かべてしまう。
幸だって、父親が居なくなったあと、その母親の姿をずっと幼い子なりに見てきたのだろう。 それだけに・・・。
あまりにも鋭いナイフのような奥田監督の一番の切り口を見せつけられた思いだった。
そう、子供は決して親を選べない・・・。
そして、学ばなくても一緒に過ごした僅かな時間の中で、例え5年の拙い人生歴であっても、善人か悪人かの判断はつくものである。
淡々と描かれている作品であったが、静かな感動とその根底に強いメッセージを感じた秀作であった。
エンディングで流れるUAが歌う「傘がない」、井上陽水の名曲で、若い頃ギター片手に歌いながら、この歌の歌詞に涙を流した記憶がある。 陽水本人の歌でなくUAが歌う「傘がない」は、まさにこの映画にベストマッチだった。
行かなくちゃ
君に逢いに行かなくちゃ
君の町に行かなくちゃ
雨にぬれ