
携帯もパソコンもTVもなかったのに、
どうしてあんなに楽しかったのだろう。
■監督 山崎 貴
■原作 西岸良平
■キャスト 堤 真一、吉岡秀隆、小雪、薬師丸ひろ子、掘北真希、須賀健太、小清水一揮、もたいまさこ、三浦友和
□オフィシャルサイト 『ALWAYS 三丁目の夕日』
舞台は、建設中の東京タワーが少しずつ空へ伸びていく昭和33年。 夕日町三丁目で、慎ましくも笑顔の絶えない日々を送る人々の姿を淡々と描いていく。 今のように派手な遊びも無く、娯楽と言ってもまだTVが出始めて高価だった時代。 何気なく下町を思わせる風情と、そこに住む人々の温かいさ。 混沌とした現在の世相からは想像も出来ない平和で人情味のある生活がそこにあった。
おススメ度 ⇒★★★★ (5★満点、☆は0.5)
cyazの満足度⇒★★★★
「スカばっかりじゃん 当たりははいってないんじゃないの」
映画の中の少年たちは口を揃えて言う。
“スカ”・・・懐かしい、本当に懐かしい響きだ
暫く頭の中の記憶のどこかに忘れていた、そして心の中の、色褪せそうな想い出
の扉を開いたかのように、セピア色した想い出の一片が飛び出してきた
僕の隣りに座っていた小学2・3年くらいの少女がお父さんに聞いていた。
「ねえ、“スカ”ってなあに?」って・・・。
そうだよなぁ、いまは“ハズレ”だもんね(笑)
僕の少年時代は、そう間違いなく“スカ”だった
多少、僕の少年時代とはズレはあるものの、ゴムで飛ばした飛行機、フラフープ、紙ふうせん、野球盤、懐かしい遊びグッズがてんこ盛りだった
ミゼット、オート三輪、路面電車(都電)、富山の置き薬、納豆売り、木の牛乳箱等も懐かしさで一杯
昭和33年、東京タワーは完成を見た。 その高さに象徴されるかのように、高度成長期に入っていく日本の等身大の人々の暮らしがそこにあった。
そして夕日町三丁目に住む人々。 派手な生活でもないけど、毎日楽しそうに暮らしている。 それぞれに個性のある役者を配し、懐かしい景色や生活の匂いを感じさせつつ、本来の人間同士の付き合いや隣り近所の付き合い、そこには誰が決めたでもない秩序があった。
この時代、自分の子供も他人の子供も、悪いことをしたら大人の誰もが叱った。
お腹空かせていると上がって飯食ってけって言われた。
頑固オヤジはどこにでもいた。 怖いけど愛情があった。
学校の先生は悪いことをすると当たり前のように殴った。
それは子供に対して深い愛情の表れであった。
お医者さんの先生も深夜に関わらず具合が悪いと飛んできてくれた。
そんな当たり前が当たり前でなくなってしまった現在。 ただ懐かしさだけでこの映画を観てはいけない。 そこには無くしてしまった、忘れてしまった日本の普通の暮らしの風景があるからだ。
自分のお腹を痛めて産んだ子を虐待する母親。
自分の母親に毒を飲ませつつ、観察日記をブログにアップする娘。
スクープが欲しくて放火する大人の記者。
少なくてもこの時代にそんな輩はいなかった。
鈴木オートの家族を中心に、売れない駄菓子屋の作家、居酒屋の女等々が繰り広げる陽だまりの温かさを感じる秀作に仕上がっている。
自然に涙が出てくるシーンが盛りだくさんなのだ
「お前とは縁もゆかりもないんだからな」
縁もゆかりもない、血も違う者同士でも、一つ屋根の下で暮らしていくうちに、心通ずるものが沸いているのである。
自分を邪魔者扱いだったと思い込む集団就職で上京した娘も、その母が預けた先の鈴木オートに宛てた手紙を見せ、
本当の母の思いを伝えてあげる。 まるで自分の娘のように。
生まれて初めてのクリスマスプレゼントを贈る為、それを演出する売れない作家と優しい町医者。
「悪魔は嫌いだぁ~」 実は「宅間(町医者)は嫌いだ~」 (笑)
今朝、通勤電車の中から富士山が見えた。 これからもっと寒くなり空気が乾燥すると晴れた日には富士山が見える。 恐らくこの映画が描く昭和33年頃の東京からは、少し高いところに上れば、どこからでも富士山が見えたものだろう。 富士見台、不死身藤見町きっと生活の中に富士山の雄雄しい姿があり、東京に住む人たちには、どこからも東京タワーが見えたのだろう。
ほんの少しの間だけ、飛んでいくビル群の間から見える富士山、ちょっとだけ朝から得をした気分だけど、この時代にはきっとラストシーンの夕日の中にある東京タワーと富士山が、あらゆるところから見えたのだろう。
当たり前に見える富士山や東京タワーの風景は、この地でその時代を生きる人にとってたぶん生きる活力になっていたのだろう。
日本人の日本人らしい暮らしが、そして優しく温かい心が、この映画の中にあります
是非、あらゆる世代にこの映画を観て欲しいと思います
夕日町の風景(3D映像)
「ナムコナンジャタウン」(期間限定)
昭和30年代の下町風景
「台場一丁目商店街」