10月3日の正午ごろから始まった心臓痛は数時間に及びました。本当に死ぬほどつらい経験でしたが、中村江里子似の女医さんの打ってくれた鎮痛剤が効いて、あっけなく寝入ってしまいました。目覚めたのは翌朝の8時。痛みはウソのようにひいていました。中村江里子が来て、昨日の検査結果をいろいろとみせてくれます。症状は完全に心筋梗塞のそれだが、心臓にはどこも悪いところはなく、心電図も正常。ただ炎症反応が爆発的に上がっているとのことでした。いまにいたるまでその原因は分かっていない。謎の心臓痛です。

 続いて尾美としのり似の病棟での主治医が部屋にきます。移植の予定を一日早めるのだと言います。ぼくの移植の方法は抹消血幹細胞移植。薬でドナーの抹消血中の白血球を増やして、それを採血してそこから造血幹細胞を抽出する方法です。ドナーになってくれた兄の薬の効きが大変によくて、順調に白血球が増えているので予定を早めるのだということです。はっきりとは言いませんが、この心臓痛も予定を早める一因になったようです。

 移植は第二の誕生日。家族を呼んで、ポラロイド写真の記念撮影をします。もっとも、家族は無菌室のガラス越しに撮影に加わるのですが。ぼくは自宅に電話をします。無菌室の電話線が切れて何が私の身に起こっているのか分からず、不安な一夜を過ごした妻が「どうしたの?昨日は!!」と息せききって尋ねますが、何しろこちらも気息奄々。「いや、ちょっと心臓が…」と言うのが精一杯でした。移植が一日早まって今日の夕方になった。桜が学校から帰ったらこちらまで来てほしい。と用件だけを告げて電話を切りました。

 移植の開始は当初夕方の6時からということでしたが、なかなか始まりません。準備に手間取っているようです。無菌室の窓の向こうには家族3人の顔が見えます。インターホン越しに話をしようにもその気力もありません。この待ち時間は非常に長く感じました。7時前になってようやく準備が整いました。移植には何やら儀式めいたものがあります。看護婦さんがおごそかに宣言しました。「ただいまより、加齢御飯さんのMDSRAに対するPBSCTを行います」。ぼくは、それでは何のことだかわからないので日本語で話してくれと、しゃれのつもりで言うと「…骨髄異形成症候群不応性貧血に対する、抹消血幹細胞移植…」。うーん、やはりわからん…。

 兄の骨髄液が病室に入ってきました。「トマトケチャップ」(桜)が250ccづつ2パック。これを点滴して翌日もまた同じことをします。それで移植はおしまい。点滴がはじまったところで記念撮影です。「イェーイ」のポーズをとって無理に微笑むのですが、後から写真をみると泣いているようにしか見えません。憔悴しきっていて死相すらあらわれています。窓の外をみると、太郎はワンワン泣いています。桜は、食い入るようなまなざしでぼくの方をみています。子どもたち二人は、父親の変わり果てた姿にショックを受けたのだろうと、その時は思いました。ところが…。

 病院のなかにはマクドナルドがあります。太郎は何度か見舞いにきて、マックに行くのを楽しみにしていました。ところが、マクドナルドは7時に閉まってしまう。移植の始まりが遅れてマックに行けなくなった。だから泣いていたということでした。桜は、点滴棒に吊るされた袋の数を何度も何度も数えていたようです。「14個もあった。あれを間違えずにつけるなんて、看護婦さんって大変な仕事だね」と帰りの電車のなかで妻に話していたそうです。二人ともぼくの様子にショックを受けていたわけではなかったのです。

 「あの時はあぶなかったね」って、医者が言うから
 10月4日は移植記念日