大学生の彼は、卒業を控えていた。
就職も決まっていて大手食品メーカーの入社式は間近に迫っている。
羽を伸ばす…という言葉がふさわしいかどうかはわからないが、就職前のワクワク、不安、ここに来るまで頑張ってきた自分への自信…いろんな感情を見つめる時間を過ごしていた。入社したら、自分は必死になる。それがわかっていたから。束の間の、ゆるい時間を味わっていた彼。
外出していて、遅くなった、夜も更けた。
都内の道路もガラガラだ。
バイクに乗り、家に向かう帰り道。
広い交差点。赤信号で止まった。
あともう少しで我が家だ。
後ろから、ノンブレーキで外車が突っ込んできた。彼は吹き飛び、そこで未来へ続く時間が、止まった。
ヤクザな輩が飲酒運転で、猛スピードで街を我が物顔で走り、ブレーキが遅れた。保険にも入っていないような頑丈な外車。運転手は軽症。
そんな、理不尽な現実で、尊い命は奪われた。
学友も幼馴染みも恩師もバイト仲間も…。
彼の葬儀に集まった人々は皆、悲愴な面持ちで、語る言葉もなく呆然と。柩に横たわる彼の顔を、眺めていた。
涙が溢れる者。なんだかわからないと、戸惑う顔。
え?信じられない。彼が亡くなったっていうのは本当だったのか。え?えっ?
誰もがそんな戸惑いを隠せなかった。
両親と兄弟は。
憔悴しきっていた。
親といえども息子の知り合いを全員認識しているわけではない。小学校の同級だったとか、同じ部活でした、とか、そんな友達たちから、息子の話を聞いていた。
端々から「本当にいい奴だった」ことが伺える。
狭い会館には人がごった返していた。
若者たちは皆「死」から遠い。そうそう葬儀に参列することもない。どうしたら良いかもわからないし、自分の立ち居振舞いにも戸惑いが隠せない。
戸惑いと悲壮感とが渦巻く中、淡々と通夜開式に向かい時は刻まれていく。
そんな中。
入社するはずだった企業の社長さんが弔問に来てくれた。
役員の方々3名で、初対面の父親に声をかけた。
父親はハッとし。そして突然涙を流し、崩れかかった。
まだ入社前なんだから。そんなこと考えてもみなかったのだと思う。
そこで、場の空気が変わった。
戸惑いとか、そんな、柔なものでなく。
怒りとか悔しさとか無念さとか、そこにいる全員が、彼を失ったことを現実として認識した瞬間だった。
仲間同士、抱き合って激しく泣く者もいれば。
座り込みヘタリこむ者もいる。
遺影写真を睨み付けるように、グッと強い目線を向けて、そこにいる生前の笑みを浮かべた彼と対話する者もいる。
壁に拳をぶつける者。
たまらず煙草を吸いに行く者。
何か手伝えることはないか?と気持ちを差し出してくれる人。
父親は挨拶でこう述べた。
息子を覚えていてやって欲しい。
そして、みんなの心の中で、息子も成長させてやって欲しい。
これから先の未来に起こる、様々なことを、息子に聞かせて上げてもらえたら。
それがわたしの本望です。
深々とこうべを垂れて、そう言った。
わたしは彼の友達でもなんでもないけれど。
こうして時々。
彼の笑顔を思い出す。
アナタノコト ワスレナイヨ