うを~~!!

すげえの、出てきた。

葛城・金剛山の東から、5世紀前半の巨大な建物跡発見!

古墳時代中期としては、この大きさはムチャクチャ大きい。

この頃、この一帯を治めていた葛城氏の「城」と見て、まちがいない!んだろう。

コーフン!!!

なにがいちばんぼくにとっての興奮の素なのかといえば、火災全焼の跡といい、規模(予想外であったが)といい、もちろんその位置といい、『日本書紀』の記述が、ほぼ裏づけられる(可能性が大きい)から。

標高240メートルの高台!

敷地面積約1500平方メートル!

北と東が谷に面し、南と西には幅13メートルもの堀!

1階部分の床面積が200平方メートル超の二階家!

これはもう、想像の域を超えている!

この地域は、ぼくは司馬遼太郎の「原風景」である竹内街道があって注目していた。まさか、こんな大発見が埋もれているなんて思わなかった。

26日は、式神4名と美術センター見学の予定であったが、この大発見(橿原考古学研究所によって「極楽寺ヒビキ遺跡」と命名された)の現地説明会にシフトしようかな。