太宰治、織田作之助らとともに、無頼派・新戯作派と呼ばれて、戦後の文壇に異彩を放った坂口安吾が亡くなって、きょう(2月17日)が50年目。
ぼくは、1年年上の先輩が、安吾で卒論を書いたあとぼくの部屋に置いていってくれた新潮文庫で読んだ。
彼は、ほんとうは冬樹社版の全集で安吾を書きたかったのだが、当時13万円という値段は、ぼくらにはちょっと気の遠くなるような値段だった。
それでもアルバイトに精を出した彼は、大学内の古書店で安吾全集を注文するところまでこぎつけた。
しかし、こぎつけたのはいいが、古書店に安吾全集が入った時には、彼の懐にあったはずの購入資金は底をついていた。
飲んでしまったのだ。
結局、彼が卒業してからも、安吾全集は古書店の棚の一番上に陣取って、周囲を睥睨していた。
ぼくは、彼に安吾全集を買えなくさせてしまった共犯者のひとりとして、濃い灰色の背の、確か全13巻であったその全集を見るたびに、ちくりと心が痛んだものである。
『堕落論』をはじめ、映画化された『白痴』や『不連続殺人事件』などが有名だが、ぼくは、彼の「日本文化史観」によって、風景との間にあった半透明の幕が一枚剥がされたような、衝撃を味わうことになった。
先輩は、卒業後しばらく映画評論家への道を探っていたが、今は池袋の巨大書店の販売次長になっている。
売れないのがわかって置いてくれる彼のおかげで、ぼくの本は、たぶん百冊くらいは売り上げが加算されたはずなのだ。
ま、それはともかく、
坂口安吾(さかぐち・あんご)
かなり、過激に、おもしろい!
ぼくは、1年年上の先輩が、安吾で卒論を書いたあとぼくの部屋に置いていってくれた新潮文庫で読んだ。
彼は、ほんとうは冬樹社版の全集で安吾を書きたかったのだが、当時13万円という値段は、ぼくらにはちょっと気の遠くなるような値段だった。
それでもアルバイトに精を出した彼は、大学内の古書店で安吾全集を注文するところまでこぎつけた。
しかし、こぎつけたのはいいが、古書店に安吾全集が入った時には、彼の懐にあったはずの購入資金は底をついていた。
飲んでしまったのだ。
結局、彼が卒業してからも、安吾全集は古書店の棚の一番上に陣取って、周囲を睥睨していた。
ぼくは、彼に安吾全集を買えなくさせてしまった共犯者のひとりとして、濃い灰色の背の、確か全13巻であったその全集を見るたびに、ちくりと心が痛んだものである。
『堕落論』をはじめ、映画化された『白痴』や『不連続殺人事件』などが有名だが、ぼくは、彼の「日本文化史観」によって、風景との間にあった半透明の幕が一枚剥がされたような、衝撃を味わうことになった。
先輩は、卒業後しばらく映画評論家への道を探っていたが、今は池袋の巨大書店の販売次長になっている。
売れないのがわかって置いてくれる彼のおかげで、ぼくの本は、たぶん百冊くらいは売り上げが加算されたはずなのだ。
ま、それはともかく、
坂口安吾(さかぐち・あんご)
かなり、過激に、おもしろい!