「あの穴はいったい何のための穴なんですか?」と僕は大佐に質問してみた。
「あれは何でもないよ」と老人はスプーンを口にはこびな がら言った。
「彼らは穴を掘ることを目的として穴を掘っているんだ。そういう意味ではとても純粋な穴だよ」
「よくわかりませんね」
「簡単だよ。彼らは穴を掘りたいから穴を掘っているんだ。それ以上の目的は何もない」
僕はパンを噛みながら、その純粋な穴について考えをめぐらせてみた。
「彼らはときどき穴を掘るんだ」と老人は言った。
「たぶん私がチェスに凝るのと原理的には同じようなものだろう。意味もないし、どこにも辿りつかない。しかしそんなことはどうでもいいのさ。誰も意味なんて必要としないし、どこかに辿りつきたいと思っているわけではないからね。我々はここでみんなそれぞれに純粋な穴を掘り続けているんだ。目的のない行為、進歩のない努力、どこにも辿りつかない歩行、素晴しいとは思わんかね。誰も傷つかないし、誰も傷つけない。誰も追い越さないし、誰にも追い抜かれない。勝利もなく、敗北もない」
「あなたのおっしゃっていることはわかるような気がします」
老人は何度か肯いてから皿を傾けてシチューの最期のひとくちを飲んだ。
(村上春樹『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』)
「あれは何でもないよ」と老人はスプーンを口にはこびな がら言った。
「彼らは穴を掘ることを目的として穴を掘っているんだ。そういう意味ではとても純粋な穴だよ」
「よくわかりませんね」
「簡単だよ。彼らは穴を掘りたいから穴を掘っているんだ。それ以上の目的は何もない」
僕はパンを噛みながら、その純粋な穴について考えをめぐらせてみた。
「彼らはときどき穴を掘るんだ」と老人は言った。
「たぶん私がチェスに凝るのと原理的には同じようなものだろう。意味もないし、どこにも辿りつかない。しかしそんなことはどうでもいいのさ。誰も意味なんて必要としないし、どこかに辿りつきたいと思っているわけではないからね。我々はここでみんなそれぞれに純粋な穴を掘り続けているんだ。目的のない行為、進歩のない努力、どこにも辿りつかない歩行、素晴しいとは思わんかね。誰も傷つかないし、誰も傷つけない。誰も追い越さないし、誰にも追い抜かれない。勝利もなく、敗北もない」
「あなたのおっしゃっていることはわかるような気がします」
老人は何度か肯いてから皿を傾けてシチューの最期のひとくちを飲んだ。
(村上春樹『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』)