明治とは考え難いから大正か昭和初期かなあ?
昭和が正解っぽい。
天童温泉の発見は1911(明治44)年だ。
この男性は師範だろうなあ。
王将か玉将の書き駒を量産してるから。
まだ草書体がメインだった時代だろうか?
向かいの女性は何の作業をされてるのかが
分からない。
出来上がりを並べるトロ箱も無いし。
奥の男性は書き駒っぽい。
真ん中の坊主の男性は「トロ箱積み上げてるし
「歩兵」の裏の「句点」みたいな筆跡の
「と金」でも書いてるのかなあ?
奥の着物の女性のテーブルには
筆が置いてる。
だけど出来上がりを入れるトロ箱無いし、
手前の女性と同じく、何の作業をやってるのか
推理出来ない。
愛宕山から天童って遠くね?
舞鶴山なら分かるけど。
建勲神社(たけいさおじんじゃ)。
明治3年建立の日本で最初に織田信長さんを祭った神社らしい。
『極楽園』となってるが「御苦楽園」じゃないのかなあ?
実業家の水戸部弥作さんが昭和初期に失業者に仕事を与えるために
8年かけて庭師、川崎幸次郎さんに指示させ、
昭和10年(1935)年にこの池泉回遊式日本庭園を完成させたらしい。
石灯籠がミスマッチで植栽が多く、
石主体だった作庭当初の方がまだましだったっぽい。
仮に天童を再訪することになっても「御苦楽園」に
立ち寄ることは無いと思うようになった。
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3本の動画を拝見して、山寺も、もう登らなくて良いやと思えた(笑)
天童全景。
昭和初期にしては立派な二階建てに見えるなあ。
閉鎖になった旅館二見館さんの温泉大プールっぽい。
舞鶴公園山頂は人間将棋の石製巨大将棋盤とか
が整備される前はこんな感じだったのでしょうねえ。
女性は着物が多い。
















