長い間休止してしまいました><




そんなに読者がいるとは思わないけどすいません叫び







一か月ほど前、本当に大変なことがありまして


ブログどころじゃなかったもので。



大半の人が経験することのない出来事を経験しました。


事実は小説より奇なり(…言い過ぎか)と言えるほどの

出来事だと思っています。



その出来事は人の生死に関わることでありました。




そのため、私自身この一カ月



『生きる』


ことについてちょっと考えさせられました。



今日は私なりに考えていることを




『人生』、『生きる』



というキーワードで少し書いていこうと思います。




難しいテーマなので不適切な表現があるかと思いますが

率直な想いを綴りたいのでご容赦ください。











それでは・・





『人生』『人』『生きる』と書きます。




では


『生きる』



とは何か?




これは非常に難しい哲学的な質問だと思います。



もちろん、呼吸をして心臓も動いている状態は確かに



生きている



と思います。



もちろんそれも立派な『生きる』という意味です。







でも私は『人生』という場合の「生」という漢字の意味は、




上述した『生きる』とは違うと感じます。




人が生きると書くところから考えると


もっと人間的な社会的な意味合いも

含まれるような気がするんです。






私が考えるこの場合の『生きる』は




周囲に影響を与える





ことだと思います。







例えば、誰も知らないところでひっそりと

暮らす人がいるとします。



本人は生きていると思うでしょうし

生きています。


でもそれは『人生』ではなくただの『生きる』だと思うんです。


もし誰にもわからない形で亡くなったとしたら

誰が生きたことを証明するんでしょうか?





そうなればその人の『人生』はもう無かったことと一緒です。



それでは『人生』ではない気がします。






そう考えると『人生』という言葉において『生きる』とは

周囲に影響を与えることなんじゃないのかな?


と思うわけです。



多かれ少なかれ誰でも周囲に影響を与えているので

やっぱり生きているんです。








では、影響って何?




これまた難しい><




なので私的な意見を。





もちろん人に迷惑をかけるような影響の与え方は

絶対に違うと思います。



それでは『人生』という言葉の

人間的な暖かみのある意味合いも

無くなってしまうので。






やっぱりこの場合の影響とは


徳を積んで善い行いをすることでしょう。



周囲に対して良い影響を与えること。





常に



感謝



の気持ちで何事にも恩返しを・・・もとい





恩送り






をしていくことが影響なんでしょう。





わざとらしく使った「恩送り」という言葉なのですが




恩返しは、


頂いた恩に対してお返しをすること




一方恩送りは、


頂いた恩を別の人に送ること




といった意味合いです。





恩返しであれば二者間でのやり取りなのですが


恩送りは感謝の気持ちがまるで鎖のように繋がっていくわけです。





もちろん、恩返しも必要ですが恩送りという気持ちも非常に重要です。





みんなが恩送りの気持ちを持ち

恩を送り、また送っていくことができれば

恩が繋ぐ大きな輪ができます。






恩が人と人とを繋げています。



一人が欠けても輪はできません。



ただ、輪の一点が抜けるだけでなく

そこから先に恩が送れないので

短い線になってしまいます。



ひとりひとりが本当に大切な人なんです。






これこそまさに







周囲に大きな影響を与えている







人が生きている










状態ではないでしょうか。




私はそう考えています。



恩送りの恩は本当に何でもいいと思います。


よく言う


ご老人に席を譲る


というのも立派な恩送りでしょうし。


まずは自分の思う善行からでしょう。















そしてもう少し踏み込んで考えてみました。





輪を描くためには始まりの点が必要です。




書き始めが無いことには輪は描けません。






では、その恩送りの輪の書き始めとなる人ってどんな人?


と考えた時、





恩をただ与えることができる人







なんだろうと思いました。







恩送りの連鎖のスタートは恩を与えることです。




恩をもらわなくても、恩を送れる人。



つまり




無償の行い






を出来る人こそ恩送りの連鎖を始めることができるのです。





(輪になるためには恩が返ってこないとだめなんですが。

そういう細かいことは気にしない!ww)










これを出来る人はなかなかいないだろうし


そうでありたいと切実に思います。




本当に理想的な、気障にも聞えることを言えば、







分が起点となって地球を一周するほどの恩送りの輪を幾つも描きたい







んです。




そのために、毎日毎日徳を積んでいこうと思います。



一日一善の実行!!







ん?論点がずれてきたかな??ww



まぁいいかw






ほんとは、もっと書く予定だったのですが疲れましたガーン




なのでこれは




前編





ということで、締めたいと思います。




最後となりますが一つだけ。




私は







生きる=周囲に影響を与える






ことだと思っていると書きました。




影響とは善行だとも書いたつもりです。






では、周囲とはと言えばもちろん誰でも周囲なのですが




まずは
















だと思います。



一番身近であり、一番知っている人なので。




また、感謝すべきことが多い親に恩を送れなかったら(恩返しですが)


誰に対しても無理でしょう。






もし、自分がそうなればこんな大げさなことを言っておきながら


所詮その程度の人間だと諦めます。





そうならないために、すこしづつですが親孝行をしています。





喜んでくれてるかな??






以上長々と駄文に付き合って頂きありがとうございます。







後編乞うご期待!!ww