クリスマス礼杯 | 飲み屋のおっさん 高野行男

クリスマス礼杯

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毎年、、もう30年以上通っているだろうか、、、この日だけ、この時間だけは、絶対に礼拝する。

日本福音ルーテルむさしの教会

$飲み屋のおっさん、  高野行男

古い教会だが、僕が高校生の頃から通っている。

我が家は日蓮宗だ、宗教と言う事に関わる事事態、けしていい顔をしない親に育てられた。
それでも、部活を早めに終え毎週木曜日 夜8時から2時間、通っていた。


最初のきっかけは、アメリカの牧師が、「聖書で英語を教えてくれる」
そんなきっかけだったろうか、、、

だが、このきっかけが後の30年の人生に大きく関わった事は間違いない。

そして、僕のライフワークにした「100年在り続けるBar」このコンセプトの源泉もここにある。

日本に帰ってきて、

父が他界、企業、借金、バブル、結婚、破産寸前、
病気、離別、、、、幸とも不幸とも言えない事、毎年いろいろな事に直面する。


「まだ、まだ、力が足りない。」
「負けそうだ!!」
「何か俺が、悪いことでもしたか?」

こんなに、真面目に頑張っているのに!!「何故だ!!」


「神に試されている。」そんな教えを、、聴いた時、、正直、「ふざけるな!!」って反発もした。

だが、もし試されているのなら、試されてみよう。


「神様、、助けてください。」とお願いしたい気持ちになった事もあった。
また、もしここに神様がいるのならば、「ありがとうございます。」とお礼したい時もあった。



よく考えてみれば、どうせ、全ては自分が起した事なのだから、、、。

でも、毎年、その年作った最高に良い洋服と、ありったけの気持ちを込めて、讃美歌を歌う。

そして毎年、この日、この時間、、そんな問答を、してみる。

ただ、そこに居ればいいんだ。
そこに居れる事に感謝しよう。と決めた。




”神”を信じるか?、、、この問いは、、もう長い間考えてきたのだが、
最近、”神”が居るのだと考えた方が、自分の存在、立場がはっきりする事に気がついた。

すべては偶然ではなく、 必然と考えた時、、そこには、何か目にも見えない存在が必要になってくる。





  神よ、私をあなたの平和の使いにして下さい。

  私が、惜しみのあるところに、愛をもたらすことができますように。

  いさかいのあることろに、ゆるしを

  分裂のあるところに、一致を

  迷いのあるところに、信仰を

  誤りのあるところに、真理を

  絶望のあるところに、希望を
  
  悲しみのあるところに、喜びを

  闇のあるところに、光をもたらすことができますように助け、導いてください。

  神よ、私に、慰められるよりは、慰めることを

  理解されるよりは、理解することを

  愛されるよりは、愛することを望ませてください。

  自分を捨てて始めて自分を見出し、ゆるしてこそゆるされ、

  死ぬことによってのみ、永遠に生命によみがえることを深く悟らせください


  平和を求める祈り(アシジの聖フランシスコの祈り)


 どなた様にも、平安と平和が訪れますように、お祈りいたします。
 Merry Christmas