フィギュアスケートのNHK杯も行われているので、北京五輪アジア地区最終予選の野球ばかり見るわけにはいきませんでしたが、星野ジャパンにはおおいに期待しているので、この調子でオリンピック出場権獲得してください!


 普段から球場へよく行く人なら気が付いたと思いますが、選手の応援歌が面白かったですねニコニコ 西岡・井端には「桜」の応援歌だったり、青木には「富士は日本一の山」の音楽だったり、新井には「お猿さんだよ」の音楽だったり、チャンスや得点が入ったときは「手のひらを太陽に」だったり「幸せなら手を叩こう」も使われていました音譜 日本代表だけに日本の曲が多いみたいですね。 ちなみに練習試合のオーストラリア戦を福岡ヤフードームで行ったときは、それぞれシーズン中の応援歌でした。


 今では世界規模の「阪神応援団」が中心になって、現地台湾でも一つにまとめてくれている様です目 


 なんとかこれが最後となりそうなオリンピックでの野球、金メダル獲得の為に予選通過お願いしますグッド!


サルタン・モスク(シンガポール)

  〔サルタン・モスク〕(イスラム)

 異国情緒漂うアラブストリートゾーンで、シンボル的な存在なのがこのサルタン・モスク。 シンガポール最大、最古の歴史を持つモスクで、創建から100年後の1928年に現在のきらびやかなドームを持つモスクに改築された。(デニス・サントリー氏の設計)

 礼拝堂には約5000人も収容できる大きさで、観光客も見学できる日もあるが、イスラムの教えに従い肌を露出した服装は厳禁なので注意!


スリ・クリシュナン寺院(シンガポール)

  〔スリ・クリシュナン寺院〕(ヒンドゥー)

 正面入り口の屋根には、鮮やかに彩られたヒンドゥー教のシヴァ・ヴィシュヌなど、7大神の彫像が据えられている。

 すぐ近くには中国寺院の「クワン・イン寺院」まであり、中国系の人々やインド系の人々やマレー系の人々など、多くの文化を感じることができる。これもまたシンガポールならではの融合。



二二八平和公園

  〔二二八平和公園〕

1947年の二二八事件の碑が建てられ二二八平和公園となる。 もともとは日本統治期に台湾で最初に建設された洋風公園だった。

二二八事件とは、蒋介石率いる中国大陸軍と台湾地元軍の戦いだっ。 この公園内には、中国様式と洋風建築の融合した建設物が多く見られる。


台北市内

  台北市内の写真です。街中はどこも活気ある様子を感じます。


ウーロン茶講習会

 台湾では特にお年寄りの中に日本語ができる方が多いので、このウーロン茶やプーアール茶講習でも堪能な日本語で説明がなされていきます。 日本人のイメージするウーロン茶などと味がだいぶ違い、国内で売っているものともだいぶ違う印象を受けます。

 きゅうすに入れた茶葉に熱湯を溢れるほど注いで、上に浮いたアクをこぼしていくシーンです。 自分自身静岡県民ながらお茶も中国茶もあまり詳しくない実感を改めて感じ、奥の深さを少しながら知りました。



小田原城

 15世紀中頃に大森氏が築いた山城が前身で、その後戦国大名小田原北条氏(後北条氏)の居城となってから、関東支配の拠点として次第に拡張され、豊臣秀吉の小田原攻めに備える為に築造された城下町を囲む延長9kmにおよぶ総構(そうがまえ)の出現により城の規模は最大に達した。 後の豊臣大坂城よりも広大な、戦国一難攻不落の名城であった。


二の丸に続く銅門

   こちらは、二の丸に続く銅門。

常盤木門

  〔常盤木門〕(ときわぎもん)

小田原城本丸の正面にあたり、最も大きく堅固に造られていた。 周囲には多門槍・渡槍門を配し、そばにある巨松になぞらえてその名が付けられたと言われている。


お堀

 小田原北条氏(後北条氏)は、1495年頃「祖」とされる北条早雲(伊勢新九郎長氏)が小田原進出し、二代氏綱→三代氏康→四代氏政→五代氏直と続く。


秀吉の小田原攻め陣配置

 文禄4年(1561年)、関東管領上杉憲政を庇護した「越後の竜」上杉謙信が、10万の軍勢で小田原城を攻めたが落城しなかった!

 文禄12年(1569年)には、同盟関係が破綻した「甲斐の虎」武田信玄にも小田原城を攻められたが、落城しなかった!

 天正18年(1590年)、城攻めが得意な豊臣秀吉が全方位を囲み、兵糧攻めからじわじわと落城させるに至ったが、いかに難攻不落城といえども兵力差がありすぎた。 陸上だけでなく海上にも四国の長宗我部軍を始め、毛利水軍本隊・村上水軍・来島水軍・織田家の主力水軍であった九鬼(くき)水軍(海賊大名)などで固め、小田原城落城の一翼を担った。


天守閣説明
天守閣説明

小田原城











 〔天守閣〕

寛永11年(1634年)、徳川三代将軍家光が、小田原城天守閣より展望を楽しんだ記録が残っている。
展望台からの眺め



展望台からの眺め











 現在では360度見渡せることができ、小田原市内を一望できる。

 色々な問題が起きている大相撲ではあるが、現役最高齢力士が土俵を去ることとなった。 大相撲力士『一ノ矢』。 本名・松田哲博。 よく観戦される方やBSなどで早くからテレビを見る方は知っているかもしれないが、最年長力士もついに引退となった…… 本人は、年齢は関係ないと語っているが、その志は称賛に値するグラフ 1960年12月28日生まれの46歳で、現役生活は24年のものぼるビックリマーク


 一ノ矢さんは琉球大学理学部物理学科出身で、初の国立大出身者の力士として注目された。 ちなみに大学時代の相撲部も自身で創設したようだ。 身長が170cmで新弟子検査に通らない為(一ノ矢さんの当時は身長173cm以上の規定であった為)、一説によると頭にシリコンを入れたとか、努力・情熱が伝わり親方が情けをかけてくれたなど言われているひらめき電球


 入門したのは、若松部屋で現在の朝青龍が所属する高砂部屋。 部屋のちゃんこ長もこなし、朝青龍の面倒を新弟子の頃から見てきたことから、朝青龍は最高位横綱となってからも一ノ矢さんに対し特別敬意を払っている話は有名であるグッド!

 また大学時代の経験から、理学的・物理学的な観点からも相撲を分析していたとも言われている。


 体の小さな一ノ矢が、これ程長く相撲を取り続けてきた事に驚きと共に拍手を送りたい。 長い間お疲れ様でした。

 先日、フィギュアスケートグランプリシリーズのロシア杯が終わり、総合二位となった中野友加里選手がグランプリファイナル出場を決定しました音符 優勝は断トツでキム・ヨナ選手でしたが、中野選手はエキシビジョンで、純白のドレスで華麗に代名詞のドーナツスピンを披露してくれましたし、ファイナルでのトリプルアクセルにも期待しましょう♪

 期待の村主章枝選手はロシア杯では五位となり、今シーズンなかなかジャンプが安定せず苦労していますが、エキシビジョンでは赤いドレスでさすがの表現力を示してくれました。


 ここまでで日本人のファイナル出場者は、浅田真央選手・中野友加里選手と決まっていますが、残るは世界女王の安藤美姫選手のNHK杯ですね金メダル 肩のケガの回復具合も気になりますが、順当なら安藤選手含めた日本人は三名となり、昨年に続いて日本女子フィギュアのレベルの高さを感じますニコリ


 ただ、昨年までと違い不安要素も多々あります。 ルッツジャンプとフリップジャンプのエッジを教科書通り使い分け、『ジャンプの教科書』とされているライバルのキム・ヨナ選手に対し、浅田真央選手のルッツジャンプや安藤美姫選手のフリップジャンプは、昨年まで同様、審判団にあやしまれています……

 ルッツジャンプはアウトサイド踏み切り・フリップジャンプはインサイド踏み切りで、各国審判団のセミナーでは、キム・ヨナ選手のジャンプばかりが模範映像とされています汗


 自分の様な素人目には、ビデオ判定があるにしろ一瞬で全然見分けがつきませんあせる 女王安藤選手はスケートアメリカで見事に修正してきましたが、浅田選手は減点されるなど、少しかわいそうにも思えてきます。。。(あくまでも素人目なので違っていたらすいません。)

 世界一位・二位の安藤選手・浅田選手が教科書にならないのは腑に落ちませんが、修正も含めてファイナルでは活躍に期待しています上げ上げ


大内宿

   〔大内宿〕(おおうちじゅく)

江戸時代の宿場の姿を残した『国重要伝統的建造物群保存地区』。


大内宿


大内宿 蕎麦屋







この街道は、会津若松と日光今市を結ぶ重要な道でした。(会津西街道) 街道沿いには、多くの茅葺き民家が見ることができて、今でも昔ながらの趣を感じます。


大内宿

大内宿 商店











 参勤交代の大名行列も旅人も行商人もこの街道を通り、宿場で旅の疲れを癒したと言われています。  この様な情緒を感じる集落が、今も昔も規模こそ小さくなりましたが残されている事に少し嬉しさを感じました。 いつまでも受け継がれてほしい情景と温かさです。



Dole plantation

  〔Dole plantation〕(ハワイオアフ島)

オアフ島の真ん中くらいにあるDOLEですやさしい 主にパイナップル商品や畑の中もかわいいトレインで走れる、ちょっとしたテーマパークの様な場所です上げ上げ 年齢層は様々なお客さんがいますが、特に子供連れのお客さんには大好評のようでした金メダル


中の様子

中の様子

現地パイナップル







のんびりできて、パイナップルアイスは乳製品を使っていないので、素材の美味しさが楽しめます♪2 上記写真は現地パイナップルで、特製のスパイスをかけるのが現地通のようですUP!


パイナップルエキスプレス

 これは小さなかわいらしい電車ですが、パイナップルエキスプレスと呼ばれ園内のパイナップル畑など約20分かけてまわる事ができますあげ


車窓から

車窓から

車窓から

車窓から










 

 パイナップル畑などをまわりながら、ハワイの農業などの説明を聴く事が出来ますト音記号

大型重機

 大型の機械などの姿も見られ、かなり広大な園内となっていますdocomo


車窓から

車窓から

パイナップルエキスプレス







 意外と多くのお客さんがいてのんびりできますので、暇なときはお立ち寄りを㊤"

Dole plantation

  日光

栃木県北西部にあり、近世以来日光山の門前町として発達。 二荒山(ふたらさん)神社・東照宮・輪王(りんのう)寺などの社寺・文化財や、日光連山・華厳滝・中禅寺湖などがあり、日光国立公園の中心。


 『日光を見ずして結構と言うなかれ』

日光東照宮の結構な建築を見ないうちは、結構という言葉を使ってはならない。東照宮の建築の美しさを強調して述べたもの。


日光街道

  〔日光街道〕

江戸時代の五街道の一つ。 日光と江戸を結ぶ幹線で、江戸~宇都宮間は奥州街道と重なる。


日光東照宮
日光東照宮
日光東照宮











  〔東照宮〕  

徳川家康を祀った神社。 特に日光東照宮をさすが、他に東京上野・静岡久能山などにある。
日光東照宮

日光東照宮

     










  〔東照大権現〕  

朝廷から徳川家康に贈られた勅し号。 元和3年(1617)二代将軍秀忠は神号を「権現」と決め、朝廷から示された4つの名称から「東照大権現」を選定。 東照宮の祀神。


東照宮の陽明門(国宝)

   国宝の陽明門です。

陽明門の中に彫られている人物像


 陽明門の中にある人物像。(上記写真について)中央は古代中国の政治家・周公。髪を洗いながら訴えを聴いたと言われ、右側は訴人達である。

陽明門の中に彫られている人物像

 

眠り猫

 上記写真は、有名な眠り猫です。左甚五郎作と言われ、いつの世もこのような天下泰平でありたいものです。


奥社(徳川家康の墓)

  〔奥社〕

唐門と銅宝塔、徳川家康のお墓である。
                                                                              



川平湾からの夕日(石垣島)

  先日、久しぶりに八重山(石垣島)を訪れました。 まだ写真などは整理しきれてないので、そのうちにアップできたらなぁと思っています。


川平湾からの夕日(石垣島)

   〔川平湾〕

白い砂浜と湾内に浮かんだいくつもの小島や天候や気温など様々な要因で、その海が七色に変化すると言われる景色で知られる。 波の流れが速いため遊泳は禁止となっているが、グラスボートでの遊覧で、その透明度の高い海とサンゴ礁や熱帯魚が泳ぐ様子を楽しむことができる。 美しいサンセットも見られ、国指定の名勝でもある。 日本百景にも選ばれている。


平久保崎(石垣島最北端)

   〔平久保崎〕
白い灯台と芝生が広がる石垣島の最北端に突き出た半島。 いくつも連なった小高い丘が点在し、その周辺には放牧されている牛の姿が見えるなど、のんびりした雰囲気も楽しめる。 晴れた日には、北東方面に多良間島を見ることもできる。


おふを使った『ふチャンプルー』

 最後に自前ではありますが、「おふ」を使った『おふチャンプルー』です☆-( ^-゚)v 「チャンプルー」=「ごちゃ混ぜ」の意味ですから、まぁまぁいい出来栄え?(*゚ー゚)ゞ