≪小田原城≫ 神奈川県小田原市
難攻不落の名城に大坂城や小田原城を挙げる人も多いと思う。 小田原城は、八幡山(現在の小田原高校辺り)から南は海岸に至るまで、小田原の町全体の総延長9キロを取り囲み、この総構えは後の豊臣秀吉の大坂城の総構えを凌駕する巨大さであった。
≪常盤木門≫ (ときわぎもん)
本丸の正面に位置し、小田原城の城門の中でも最も大きく堅固に造られていた。(現在は明治初期の写真を参考に再建されている)
「常盤木」とは常緑樹の意で、門の傍らには松の木が植えられており、松の木が常に緑色をたたえて何十年も生長することになぞらえ、小田原城が永久不変に繁栄することを願って、常盤木門と名付けられたと言われている。
≪小田原城天守閣≫
現在は再建されたもので、建物内は刀剣・鏡・衣服・古文書・絵図などの歴史的展示物や、北条家の説明・豊臣秀吉の小田原攻めの資料などが収められている。
江戸時代に3代将軍徳川家光が、小田原城天守閣に登り、風景を楽しんだ記録が残っている。
≪銅門≫ (あかがねもん)
天守閣へ通じる登上ルートに設けられた二の丸の表門。
扉の飾り金具に銅を使用したことから、その呼び名(銅門)がついたと言われている。 平成9年復原。
着々と史跡としての整備が進んでいる小田原城。 そして以前よりも訪れる人が多く少し驚きました。