道、竹富島

 『高村光太郎』
  『道程』
僕の前に道はない
僕の後ろに道は出来る
ああ、自然よ
父よ
僕を一人立ちにさせた広大な父よ
僕から目を離さないで守る事をせよ
常に父の気魄を僕に充たせよ
この遠い道程のため

この遠い道程のため


 古都と言われる京都や鎌倉など古の風情残る道を歩く時、そして同様に琉球・八重山の歴史を感じ道を歩く時も、何故かこの『道程』という詩を思い出すさくら 広大で強くたくましい側面を持つ自然は父の様にも感じ、反面柔らかく咲き誇る花々・育つ木々には母の様な感じも受けるきらきら 歴史を感じる事のできる場所というのは重みを放っているきらきら

道、竹富島

 高村光太郎という人物もまた奥深く謎めいた重みを放つきらきら 歴史には暗く悲しい事も明るく楽しい事も含まれ現在に至っている訳だが、多くの人が知っているであろう習った事があるであろう『道程』も、前向きな詩でもあり後ろ向きな詩でもあるひらめき電球

 学生時代習った高村光太郎の道程は、少なくとも大きな目標に進む姿が前向きであったが、高村光太郎という人物を知るにつれ後ろ向きな読み方もできるきらきら 彼の恋人でもあり妻でもある智恵子と共に、外界を断ち切り二人だけの世界を突き進む姿は、社会という中での未来は描けなくとも二人で歩んできた道は残る。 「僕の前に道はない。僕の後ろに道はできる。」という冒頭は、そう読む事も可能だ。

青く透き通った道程にしたいと願っています

 沖縄を含め古都と言われる場所もまた栄華と共に悲しい歴史もある。 詩と同じ様に、こういった場所で感じるものは人それぞれ十人十色で良いひらめき電球 何かを感じ何かを考え何か思う事があれば……


 「僕らの前には無限の可能性を秘めた道があり、僕らの後ろには回り道をしながらも誇りに思える道が残る」

沖縄のこんな綺麗な道を歩きながら、今ならそう読みたい。