第17回キャッチボール・レポート | ビリー諸川の生涯ロカビリー!!

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お月様が最も地球に近づく3月19日土曜日の午後1時から、毎月恒例のエンターテイメント・トーク・ショーの『キャッチボール』がハピスクで開催されました。
東北関東大震災が起きたてまだ一週間ということで、開催を自粛することも検討されましたが、こんなときだからこそ開催したほうが良いという主催者のトム平本さんの意向により、予定通り、開催となりました。
17人目のゲストは、保土ケ谷区青少年指導員連絡協議会の会長を務める白石勝巳さんでした。

横浜市中区で生まれ、小学4年生のときに保土ケ谷区に越してきた白石さん。子供の頃、大きくなってから就きたい職業は別になかったとのこと。
それより、釘や電線の端切れを拾っては、それらを鉄屑屋さんに売って換金し、家計を助けていたそうです。
中学は卓球部に所属。それも国体を目指すとかではなく、何かのクラブに所属しなければならなかったから、じゃあ、卓球でもやろうかな、と入部しただけのものだったそうです。
ところが、高校生になると、鉄道関係の仕事に就きたいと思うようになり、高校卒業後、見事相鉄に合格。運転士になりたいと入社した白石さんでしたが、配属されたのは、建築関係の部署で、何度も辞めたい気持ちに襲われたそうです。その“辞めたい周期”は3年周期だったとか。
ところが、我慢しながら10年続けてみたら、それまでの“辞めたい病”が何処かに吹き飛び、仕事が楽しくてたまらなくなったそうです。そして定年まで、相鉄一本で職を全うされたとのことでした。

青少年指導員になったのは、40歳のとき。
就任時の23年前と今とでは子供の性質は変わったとおっしゃっる白石さん。具体的には、挨拶が出来ない子供が増えたとのこと。これは防犯観点から、見ず知らずの人と言葉を交わしてはならない、という現代ならではの風潮もあるかもしれないけど、そもそもは、大人がきちんと挨拶出来ないからだと力説されていました。
青少年指導員をやってうれしかったことは、イベントなどを開催して、参加者から感謝の言葉を頂戴したときだとか。

今回も素晴らしい内容のトークショーとなりました。白石さん、本当にありがとうございました!

次回の開催は、4月23日土曜日、ゲストに塗装会社経営の手塚卓之さんをお招きする予定です。お楽しみに!(ビリー諸川記)