思い出の三中野球部その11 | ビリー諸川の生涯ロカビリー!!

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さて、いよいよ最後のチームメイトです。

宮内君は左投げ・左打ち、正ポジションはライト、打順は足が早く、選球眼も抜群だったことから、2番もしくは9番を打っていました。

ひじょうにすばしっこかった彼は、打球の下に入るのも早く、それに伴い、ファインプレーも数多くあり、チームの危機を何度も救う活躍を見せていました。

ただ僕らが晴れて天下を取った、中2の秋の新人戦で、左投げということでリリーフ投手として登板。ところが、連続6つのフォアボールを出し、結果的に試合には勝ったものの、彼が投手として正式な試合で投げることは二度とありませんでした。


彼において、特筆すべきことは何といっても、中学に入るまでは、子役、つまり芸能人だったということです。

『チャコちゃん』や『チャコとケンちゃん』に良く出演していて、野球部に入った当初もまだテレビに出ていました。

それだけに、毎週金曜日に開かれるミーティングの最後に、監督や先輩の要望にせがまれて歌う、尾崎紀世彦さんの<また逢う日まで>は、マイクの持ち方といい、熱唱する表情といい、さすが芸達者、最高のパフォーマンスでした。

因みに宮内君のあだ名は、チーム1背が低かったことから、“ベビー”と呼ばれていました。

以上、三中野球部のチームメイトを背の高い順に紹介させていただきましたが、本当に彼らと過ごした3年間は、僕の人生において充実した時として生涯忘れられないものだといえます。