思い出の三中野球部その6 | ビリー諸川の生涯ロカビリー!!

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今回は横江君です。

横江君は当時、漫画『いなかっぺ大将』に出てくる西一に似ていました。

ポジションはキャッチャーとセンターを掛け持ちしていました。

僕ら三中野球部の部員が義務づけられている伝統的な習わしのひとつに、選手ひとりひとりが、毎日日記を付けなければならないというものがありました。

今でこそ、楽しみながらブログなども書くようになりましたが、当時はこれが面倒くさくて、嫌で嫌でたまりませんでした。そんな時間があるなら、素振りをしてたほうが、自分のためになるという考えでした。

ところが、横江君はひじょうにマメな男で、何と3年間、一日も欠かさずこの日記を記した奇特な奴なのでありました。

この日記帳、毎週金曜日の放課後のミーティングの時間に監督に調べられるのであります。そして書いてないとなると、監督から日記帳の角で頭を叩かれるのであります。

僕などはとりあえず、書いておけばいいやってことで、大抵2行くらいしか書きませんでした。
「今日も練習だった。水が飲めないから辛い。明日も頑張るぞ」
てな感じです。

まさか将来、物書きの仕事にも就くとは当時は夢にも思っていませんでしたから、本当に適当に書いていました(今もこの日記は手元に残してあります)。


横江君でもうひとつ特筆すべきことといえば、これでしょう。

彼はキャッチャーも兼任していたのですが、肩を鍛えようとボールに穴をあけ、そこから砂を詰め、ハンダ付けで蓋をし、それを投げてセカンドへのスローイングを驚異的なものにしようとしたのであります。


僕をはじめ、チームメイト全員が「それは素晴らしい考えだ!」となって、横江君のボール作りを見守りました。
そして完成。


ところが、いざ出来上がってみると、かなりの重さで、投げることは出来ても、そのボールを受け捕る奴がいない。

それはそうです。あんなものまともに受けたら、手首を捻挫すること必至でありまして、あれほどボール作りを応援していたチームメイトでしたが、いざ完成品を目の当たりにして、誰もが一気に引きはじめたのであります。


結果、横江君は毎回その鉛のようなボールをコンクリートの壁にぶつけて、一人で肩を鍛えていました。


あのコンクリートも砕くような鈍い音は今も忘れません。