1950年代、エルヴィスにまつわるトラブルが全米各地で頻発した。
彼のコンサートに行った女子学生8人が退学となった。
彼のような髪形をした男子学生たちが、バリカンで坊主にされた。
自分の写真でなく、エルヴィスの写真を持ち歩いていた妻に激怒した夫が、ホテルでエルヴィスに殴りかかった。
極めつけは朝から晩までエルヴィスに熱を上げ続ける妻に嫉妬した夫がライフル銃で妻を射殺するというものだった。
エルヴィス自身も直接いくつかのトラブルに巻き込まれている。
サン・レコードからデビューしたばかりの頃、ライヴを終えたエルヴィスは駐車場で突然彼の人気に嫉妬した男から鼻っ柱を殴られた。エルヴィスはその男を朝方まで追いかけた。
1956年10月、ハリウッドから帰ってきたばかりのエルヴィスは、1万ドルのリンカーン・コンチネンタル・マーク2でメンフィスのガソリン・スタンドに乗り入れ、その店のスタッフに燃料漏れを調べてくれるよう依頼した。それを見た通行人が、“エッルヴィ~ス!”と叫んだことで、ガソリン・スタンドにはあっという間に人だかりができてしまった。店の人間がひとまずクルマを出すよう指示したが、エルヴィスはサイン攻めに遭い、それどころではなかった。すると店員が、エルヴィスの後頭部を平手で叩き、「クルマを出せと言ったろ!」と怒鳴った。エルヴィスはクルマから降り、この店員を殴りつけ、この店員に加勢しようとしたもうひとりの店員にもパンチを食らわせた。
数日後、法廷に出頭したエルヴィスは無罪となった。
ハリウッドでケンカのシーンがもっともうまい俳優として有名なエルヴィスにはこうした実体験がその背景となっている。
【深層その1】エルヴィスには“私は妊娠させられた”というような訴えが、生涯つきまとった。ある年、エルヴィスがある少女を妊娠させたという噂が流れた。ある娘とは有名なマフィアの娘だった。すぐにデマだとわかったが、一時はエルヴィスへの暗殺指令が組織から出された。