決断 | 夢の!? インド生活日記

夢の!? インド生活日記

2011年8月にインド・デリーへ赴任した夫。12月には、私もデリーでの生活を始めました。夫婦共にインドでの留学経験があり、就職後もインド赴任を夢見て5年。
念願叶っての赴任…今回の生活はいかなるものに!?


デリーに帰ってきてから、村から預かっている

12歳の少年・モヌとの生活も再開した。


(前回のモヌについての記事はこちら


5月から夏休みで村に帰省させていたので

約3ヶ月ぶりの再会であったが、モヌの態度は相変わらずだった。



この3ヶ月、これからのモヌとの生活をどうしようか、毎日考えていた。


正直、私も精神的に限界だった。

でも自分がやりたくて始めたことへの責任があるから、

村へ返すという選択肢は考えられない。



一方、モヌの勉強に関していえば、

彼は私たちとの生活が上手くいっていないし、

もともと本当に勉強がしたくてデリーに来たわけではないから、

ここ数ヶ月は大して一生懸命やっている様子もなかった。


12歳の子供が、現実的な将来の目標に向かって

継続的に頑張ることは難しいだろうから

あまり本人を責めることもできないが、

このままでは私たちがやっていることの意味すら薄らいできてしまう。



そんな風に悩んでいた私たちに、

インドに20年以上住んでいる日本人の知人が

寄宿学校へ入れることを勧めてきた。


このまま無理にこの生活を続けたらお互いのためにならないし、

寄宿学校で勉強や寝食を共にする仲間ができれば、

彼にとって大きな財産になるだろうという意見だった。



ちなみにインドには各地に数多くの寄宿学校がある。

勉強面も生活面も学校側が面倒を見てくれて、

学力はもちろんのこと、生活習慣や規律なども指導をしてくれる。



それから私たちは真剣に寄宿学校のことを考え始めた。


私たちとの生活上の問題以外にも、

デリーにいると遊びの誘惑や

心無い友達からの雑音も多い。


最近のモヌはゲームやi phoneに関心を持ち始めたし、

友達から「赤ちゃんが生まれたからお前は村に返される」と言われ、

本当にそれを信じてしまっているが故に、

私たちへの態度もおかしくなってしまっているところが大いにある。


そして今回のように私たちが一時帰国をしている間、

モヌの面倒を見られる人がなかなか見つからず、

頼みの綱だったラメシュさんも、最近は病気がちの奥さんの体調が優れずに、

結局モヌには1ヶ月、学校を休ませてしまった。



そもそも私がインド人の子供を支援したいと考えたのは、

十分な教育が受けられない子供に、教育の機会を与えたいという思いからだった。


その初心に帰れば、最優先すべきなのは

彼がより勉強に集中できる環境だと考えたとき、

寄宿学校が今の私たちとモヌにとって最善の選択肢だと思った。



モヌがデリーに来た当初、インド人で寄宿学校の

ディレクターをしている知人と話をしたことがあった。

彼はモヌと同じウッタラカンド州の出身で、

寄宿学校も同州にある。


そして昨日、またその人に話を聞きに行ったところ、

写真を見ると、学校も良さそうなところで、

授業料も私たちが払える範囲内。


いつでも転校してきて構わないと言ってくれたし、

ラメシュさんも学校の名前を聞いて、

「そこなら大丈夫でしょう」ということだった。



超えるべき条件が全てクリアになり、本当に安堵した。


あとはモヌの両親の承諾を得て、

本人に話をし、学校を下見に行こうと考えている。



私にとってあと一つ懸念していることと言えば、

モヌに話をしたときの反応である。


「あなたの教育のためだ」


といくら私たちが話したところで、


「友達が行っていた通り、

やっぱり自分は追い出されるんだ」


という気持ちに囚われて、また態度を硬化されるかもしれない。



しかし長い目で見れば、この方法が最善だと

周りの人にも言われるし、私たちもそう信じている。



またもう一波乱あるかもしれないが、

できるだけ落ち着いた気持ちでモヌとの毎日を送りたいと思う。