先月、モヌの学校で学年末試験が行われた。
学歴社会になってきたインドにおいて
その学年の成績を決めることになる、とても重要な試験。
日本と違って、あまりに成績が悪いと落第してしまったり、
親がより良い成績を残させるために、
留年を希望する場合もあるそう。
モヌは試験を終えて春休みに入ったので、村に帰省中。
28日、通知表をもらいに学校に行ってきた。
昨年5月からデリーで私たち夫婦と暮らし始め、
夏休みの約2ヶ月間、家庭教師と毎日英語の勉強。
最初は全くと言っていいほど英語は話せなかった。
それでも教育の質の良い学校に入りたいと、
ヒンディー語で授業を行う公立の学校ではなく、
英語で授業をする私立の学校に行きたいと言い張る
モヌの願いを聞き入れ、本来の学年より2学年下げ、
7月から学校に通い始めた。
私立の学校に行けば、先生が授業で話していることも分からないし、
教科書も全て英語で書かれているから、
モヌには到底理解できない。
授業で質問されても答えられないことばかりだろうし、
それを見ている友達もやがては彼を馬鹿にしたり
いじめたりするだろうということは目に見えていた。
学校を決めるとき、私立に通ったときに
想定される全ての困難を彼に説明した。
彼は「それでもいい」と言っていたが、
実際彼がどれくらい深く理解していたかは
私たちにも分からない。
学校に通い始めて半年も経たないうちに、
彼に話したことが現実に起こり始めた。
モヌは学校の勉強についていけず、
友達にもいじめられ始めた。
教室内だけでなく、スクールバスの中でも
馬鹿にされるようなことをよく言われた。
「今日は友達にこんなことを言われた」
と毎日のように私に話してくる度に、
「そんなことは気にしなくていい、頑張って勉強しなさい」
と言い続け、彼もその通りにやってきた。
そうやって彼との人間関係を築いてきたのだが、
妊娠後期(1月末)に入り
切迫早産で自宅安静になってからが大変だった。
赤ちゃん返り、反抗期、自立心の芽生え、
赤ちゃんが産まれてくることに対する不安、
学校生活がうまくいなかいことへの苛立ち・・・
いろいろな要素が絡み合っていたのだろうが、
私に対してわがままになったり、すぐに怒ったり、
ふて腐れたり、今までにない言動を取るようになった。
私も心身ともに安静にしていなければならない時期に、
そんな彼と接するのがとても辛い毎日だった。
夫や、インドに遊びに来てくれた夫の家族、
周りの友人に支えられてなんとかしのいできたが、
モヌの学年末試験が始まる頃には
ほとんど顔を合わせないように彼を避ける日が続き、
試験が終わってモヌを村に帰省させ、臨月に入った。
そして、28日にもらった通知表。
結果は決して悪くなかった。
進級もできた。
数学や科学、社会科学の成績は
年間を通して出来が悪く、CやDばかり・・
しかし英語やヒンディー語などの言語系は
1、2学期はCやDばかりであったが、
3学期にはAやA+をいくつももらっていた。
学校に入って最初の頃は全く訳が分からなかっただろうが、
それから彼なりに必死で勉強して
最後に挽回することができたのだという
努力の跡がみられる結果であった。
その他、体育やアートなどの授業もほぼ全てAとA+。
理数系はどうしても今までの積み重ねが必要な部分があるが、
特にインドの学校では暗記の多い言語系の授業。
自分にできることをやれるだけやったことが
言語系の授業の好成績に結びついたのだと思う。
ここ2ヶ月、モヌとの生活が辛かった私は
自分が始めたことへの無責任さを感じていた。
彼の全てを受け入れられない自分の小ささを思い知ったし、
人間関係が深まるのはいいが、
自分が彼にとっての精神的な拠り所となっていくことへの
難しさや限界を感じた。
それでもこの通知表という一つの成果物を見たとき、
自分のやってきたことは無駄ではなかったと思うことができた。
彼の精神的な成長も含めて、
全て上手に助けてあげられないかもしれない。
でもこうして彼が教育を受け、
この社会でよりよい人生を築くための力に
少しでもなれるかもしれないと思えた。
明日か明後日、モヌはデリーに帰ってくる。
これからの生活への不安は尽きないけれど、
また気を取り直してやっていこうと思う。
