わが家の2階には、この家の持ち主であるばあちゃんが、
3階にはばあちゃんの息子家族が住んでいる。
そしてこの2世帯の家族には、合計4人のメイドがおり、
その中に、スバーシュという15歳の男の子がいる。
スバーシュは約1ヶ月ほど前から、
この家に住み込みで働き始めた。
最初は顔を合わせても緊張した表情であったが、
こちらが笑顔で声を掛けると、彼もうれしそうに笑顔を返すようになり、
今ではうちの軒先や庭で毎日会話をするようになった。
(それでも私の乏しいヒンディ語の能力では、あまり理解できていないのだけど・・)
先週から、
「今度14日にパーティーをするから、来てね」
と伝えてあった。
上の階から庭用のテーブルやイスを借りることになっていたから、
パーティー当日は夕方に彼がテーブルなどを運んでくれて、
そのまま準備を手伝ってくれていた。
ゲストが来はじめたので、スバーシュにも飲み物を渡し、
皆で乾杯をした。
でも彼には居場所がなく、イスに座っていても
緊張した面持ちであった。
私もそんな彼が気になっていたので、準備を手伝ってもらいながら
できるだけ彼のそばにいるようにしていた。
その後、子供たちもやってきて家の中で遊んでいたので、
ラメシュさんの息子・ラッキーに
「彼も友達として、みんなの中に入れてあげてね」
と声を掛け、ほかの子供たちと遊べるようにしてみた。
ラッキーは彼に話しかけ、気遣っている様子だった。
それでもなお、彼は居心地悪そうにソファの端に
座ったまま、ほかの子がふざけて踊ったりしていても
笑うことなく、硬い表情のままであった。
やっぱり、メイドがほかの子供たちに混じって
普通に遊ぶのは無理なのだろうか・・・
ゲストのことを気に掛けつつも、私には
彼がどう過ごしているのかが、一番気になった。
夫-寅次郎が子供たちとパフェを作るとき、
彼にも同じようにカップを渡し、一緒に食べたりしていたが、
どうしても彼は居心地が悪そうだったので、
引き続き食事を出したりするのを手伝ってもらって、
家(上の階)に帰した。
私はずっと、複雑な思いを抱えていた。
こういう場であれだけ盛り上がっていたら、
初対面でも仲良くなってしまうのが、
子供というものだと思っていた。
インドでは、カースト制度は法律で禁止されるようになったが、
未だに明らかな身分の階層が存在している。
外国人である部外者の私が、インド社会の構造を
簡単に否定することはできないが、やはり、
ああした場面を目にすると、心が痛むのである。
パーティーを楽しむ子供と、
その傍らでメイドとして働く子供がいるのは、
私には「不平等」に思えてしまう。
パーティーの翌朝、彼はいつも通りの
笑顔でわが家に来てくれ、私を安心させてくれた。
パーティーで私が余計な事をしたがために、
彼に嫌な思いをさせてしまったのではないかと
気にかかっていたから。
日本とはまったく違う社会の構造を持つインド。
「人を使う側」と「人に使われる側」がはっきり存在すること自体、
仕方がないことだと頭では解っていても、
気持ち的にどうしても納得がいかないことも多い。
これからもっとインドでの時間を過ごしていたら、
私ももう少し違う考え方ができるようになるのだろうか。
悶々と考えてしまう日々は、もう少し続きそうである。