続きですキラキラ

 

 

進学した大学は国際色豊かな大学で

教員も外国籍の先生がたくさんいたし、

留学生も世界中からかなりの人数が集まっていました。

 

なので、外国語の授業を

オールイングリッシュで学べるだけでなく、

 

一般教養の科目を外国人の先生から英語で習ったり、

留学生と一緒に日本経済について英語で学べたり、

なんていうことができました。


英語で学ぶ哲学とかあったなあー。

今のCLILの先駆けみたいなプログラムでした。

 

英語漬け生活を送りたいと思えば

履修科目を工夫することで

いくらでも(は言い過ぎか?)英語漬けになれる環境が整っていたので、

 

英語が使える人に憧れていた私は

迷うことなく、英語漬け生活を選びました。

 

高校までの受け身中心・暗記中心の学習とは異なり、

大学では自分の言葉でレポートまとめたり、

プレゼンテーションやディベートをしたりしなければならなかったため、

新しい学習様式に慣れるだけでも大変だったのに、

それが「英語で」だったのでなかなかの苦労があったのを覚えています。

 

それでも英語力は比較的順調に伸び、

2年生の時には留学に必要なTOEFLのスコア(旧式で550点以上)をとることができ、

3年生から4年生にかけて米国に1学年間留学する機会も得ました。

 

 

ここまでだけを読むと英語習得にそこそこ成功した大学生の話に聞こえるかもしれませんが、

問題はここからです。

 

大学で英語漬け生活を選択した私は

自動的に高等教育レベルの日本語を身につける機会を逃しました。

 

多くの科目を「英語で」履修してしまったため、

日本語の教科書や参考文献を読む機会は少なかったし、

日本語でアカデミックなレポートをまとめる機会もほとんどなかったと記憶しています。

 

結果、今でも高等教育を受けた人にふさわしい文章を書くことができません。(ブログを読むと分かりますねえーん)

 

こんな風に日本語を犠牲にして英語に時間を費やしたにもかかわらず、

留学中には自分の英語力のなさを思い知らされました。

 

当時、3年生で留学したのにもかかわらず、

100番台の授業(1年生向けの授業)でさえも苦労しました。

 

テストの時間内に問題を解ききれず、

留学生だからと甘やかされて、

テスト時間を延長してもらったなんていうこともありました。

 

それでも当時は自分の状況をわりと楽観的に捉えていました。

 

折角アメリカに渡ってきても、

いつまでたってもESLから卒業できず、

留学を諦めて帰国する若者も少なくない中、

 

必要なTOEFLスコアを取得してから

渡米できた自分は幸運だという変な自負があったのかもしれません。

(実際にはTOEFL550点レベルの英語力は何の役にも立たなかったのですがアセアセ

 

 

でも、今この大学生時代を振り返ると

言語習得の難しさを感じます。

 

大学生なのに日本語で学術的な文章を少ししか読んでいない。

母語であるにもかかわらず、日本語で論文が書けない。

 

かといって

英語はネイティブレベルからは程遠い。

学年を下げても授業についていくのがやっと。

 

*年齢相応の学習言語が育っていない

*受けた教育に応じた学習言語が育っていない

 

という点において、

私は立派なセミリンガルに育ってしまったのでした。

 

 

このシリーズ(?)を書き始めて、学生時代のことを振り返っていたら、

留学前に大学の先生から勧められて読んだある本のことを思い出しました。

 

*古い本なのでなかなか手に入らないかもしれませんが、

豊富な事例を扱った本なので、セミリンガル問題に興味がある人にオススメです!

図書館とかならあるかもしれません。

 

本棚を探したらまだありました!

 

親の仕事の都合などでアメリカに暮らす子どもの

言語習得問題を取り上げた本です。

 

当時すでに大学生だった私はこの本に出てくる子どもたちの問題を

自分の問題とは捉えられず、

 

「帰国子女も大変なのね」くらいの感想しか持たなかったのですが、

 

大学の先生が留学を前にした学生にこの本を薦めたということは

英語に没頭する学生の日本語学習言語能力に危うさを感じていたのだろうと今になって思います。

 

そんな先生からのメッセージも上手く受け取れず、

セミリンガルに成長してしまった私ですが、

 

この状態を今どう受け止めているのかを

次回書きたいと思います。