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呉のオードリーヒップバーンのブログ

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はなわんわんのお医者さんに通うことが
増えたこの頃。

先生の奥さんだと思っていた人が
実は、お母さんだったびっくり

先生が電話で診察している間に
はなわんわんのことを
撫でながら、今まで見送った犬の話を
してくださった。

はなわんわんが、生後間もない頃
初めて行った病院は、
「たかが犬ですよ。それを忘れてはいけません。」
と、ともすれば
ペットにのめり込みそうになる
飼い主に最初に釘を刺された。

それは、理解している。



今の病院は、
犬を家族の一員として
診てくださる。

だから、やはり
最期の話になると
つい涙がこぼれる。

それまで何ができるか。
いまは、食べられる物を食べさせて
少しだけ散歩して  
できるだけ、早く帰って
家に入れてやりたい。  

そんなことを
考えながら
少しナーバスになっていた矢先。

近所のおうちで飼われていた
犬が死んだ。

最期は、たまたま偶然
家族が揃っていたときに
看取ることが出来たらしい。

はなわんわんと散歩に出たときに
その話を聞いていると
はなわんわんが、私の足にすり寄って
じっと話が終わるのを待っていた。

わたしは、ここにいるよ。

と、言っているかのように。




先週
父の姉である伯母が
余命幾ばくもないと  
連絡が入る。

父の兄弟は、
みんな癌で亡くなっている。
父の兄弟の最後のひとりだった。

伯母もいろいろな癌に侵されて
頑張ってきたが、
ついに病に打ち勝つだけの力は
使い果たしたのだろう。

その連絡が入った日。
人間ドックの結果が届いた。

今までと違う雰囲気の封筒には
主治医宛の紹介状が入っていた。


誰でも命は終わる。
それが早いか遅いかだけだ。

でも、いつもはそんなことを
考えずにいる。

こうして
周りの人や
大事な家族のはなわんわん
命を考えるとき、
この普通に生きている毎日は
当たり前ではないんだと
感じる。  

紹介状を読んだ主治医の
ため息を聞いて
あらためて、
生きているこの一瞬一瞬に
感謝しなくてはと
この頃、よく思う。